3-1 竜騎士
クエストの依頼があったのは、ネイバル共和国の最南端に位置するエストール地区だった。海に囲まれた島がいくつか集まってできた街で、エストール城が統治していたのだが、突如襲ってきたドラゴンの一団になす術もなく壊滅状態に追い込まれ、もはや落城寸前だという。
そんなエストール城の危機を救う為に派遣されたのが、竜騎士の一団であり、今やエストールは、ドラゴンと竜騎士が火花を散らす戦場と化しているらしい。
海を渡ること丸一日、夜明けと共にようやくエストールの島が見えてきた。本来なら、武装した貿易船に乗せてもらうのが一番だったが、エストール付近の海はドラゴンの襲来が影響してか、魔物が活性化して近づくのは危険だとして断られた。
仕方なく荒れる海をキャンピングカーで渡ることになり、危機回避スキルを使用しつつ、船酔いならぬ車酔いと中道のいびきと戦いながら、何とかエストールの島に乗り込むことができた。
「ひどい有り様だな」
港に乗り上げた後、目にした光景に息が詰まりそうになった。かつては賑わっていたと容易に想像がつく港も、建物は焼けて崩れ落ち、瓦礫の荒野のように様変わりしていた。
「ドラゴンの襲撃を受けたんだろうな」
中道が指差しながら、ぽつりと呟いた。指差した先には崩れた建物があり、壁面に刻まれた爪痕の大きさからして、ドラゴンの襲撃で間違いなさそうだった。
焼け焦げた遺体や切り裂かれた遺体を横目に、中道は無言で運転を続けている。ドラゴンの襲撃跡を目にして、旅行気分は一瞬で消えていった。
「中道、早速のお出迎えだ」
独特の嫌な匂いに窓を閉めたところで、頭の中にレーダーサイトが浮かび上がった。同時に、遥か上空から高速でこっちに近づいてくる赤い点滅が一つ現れた。
「着いて早々かよ。いよいよ冒険らしくなってきたじゃないか」
空元気のような声を出しながら、中道がキャンピングカーの速度を上げていく。瓦礫の道を縫うように爆走したところで、赤い点滅は大きな影を行く手に落とした。
「これが、ドラゴンか」
サンルーフから見上げた空に、両翼を広げた灰色のドラゴンが姿を現した。思った以上の大きさと口の周りに見える炎の塊を目にした俺は、危機回避のスキルを発動させた。
「中道、その建物の手前で右折だ!」
脳裏に浮かんだのは、安全に逃げられるルートだった。予見のスキルを同時に発動してみたが、結果は戦闘ではなく逃げることが一番となった。
タイヤを鳴かせながら、中道が急ハンドルを切る。同時に、背後に火柱が立ち上がった。あのまま直進していたら、見事に焼け焦げていただろう。
サンルーフからドラゴンの動きを監視しつつ、予見を再び発動させる。ドラゴンは上空を旋回しながら、キャンピングカーの動きを探っているようだ。どうやら路地から広い場所に出たところで、一気に急降下して襲うつもりらしい。
「中道、次の建物の半分まで行ったら急ブレーキで止まってくれ!」
ドラゴンを凝視したまま、中道に指示を出す。「しっかり掴まっていろ」と中道が叫んだのを聞いて、助手席から後ろのソファーに移動してモリスの体を支えるように抱きしめた。
その刹那、再びタイヤが鳴き声を上げた。一瞬で体を持っていかれそうになったが、なんとか踏ん張ってモリスを衝撃から守り続けた。
予見通り、建物の影から出てくるはずだったキャンピングカーを狙って、ドラゴンが急降下してきた。だが、キャンピングカーが出てこないことがわかった途端、再び上空へ舞い上がっていった。
「佐山、次はどうする?」
興奮気味に口笛を吹いていた中道が、上気した顔を向けてくる。とりあえず赤くなっているモリスをソファーに座らせ、予見のスキルを再確認したところで異変に気づいた。
「中道、とりあえず待機してくれ」
危険探知のレーダーに映る赤い点滅。しかし今は、どういうわけか黄色に変わり、やがて青い点滅に変わっていった。
「どういうわけかわからないが、とりあえず危険なしの反応になっている」
「はあ? あれが危険なしってマジかよ」
俺の言葉に、中道が空を見上げて不満を口にした。空に舞い上がったドラゴンは、建物の陰から出てこない俺たちを焼き払うつもりかのように、口の周りに炎を集め始めているところだった。
「俺のスキルだと、もうあのドラゴンから危険は感じない――」
一瞬、自分のスキルに不安が過った、その瞬間だった。
炎を吐く為に口を開いたドラゴンに、白い流星のような塊が突っ込んでいくのが見えた。
「なんだ、今の」
突然のことに、バランスを崩したドラゴンが耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げる。白い塊は、ドラゴンの周りを変幻自在に飛行しながら、やがて、ゆっくりとドラゴンの前に立ちはだかった。
「白い竜?」
白い塊は、全身真っ白なドラゴンだった。その背には、黄金の鎧を纏い、太陽の光を受けて輝く金色の槍を手にした騎士の姿が見えた。
戦いは一瞬だった。
白い竜が吹雪のようなブレスをドラゴンに吐きかける。身を捩って体勢を変えようとしたドラゴン。その一瞬をついて高速飛行でドラゴンの頭上に舞い上がると、手にした槍でドラゴンの頭を串刺しにするかのように槍を突き刺した。
「瞬殺かよ」
あまりに一瞬の出来事に、中道が惚けたように声を漏らした。見ているだけで鳥肌が立つような滑らかな動きと、背筋に寒気が走るような残酷な一撃に、俺は言葉を失ったまま崩れ落ちていくドラゴンを眺めるしかなかった。
白い竜にまたがった騎士が、ゆっくりと地上に降りてくる。中道のような無駄な装飾のない兜を脱ぐと、真っ直ぐに俺たちを見据えてきた。
兜を脱いだ騎士は、白銀の短髪を風になびかせ、エメラルドグリーンの瞳に力強い光を浮かべていた。手にはドラゴンの返り血で濡れた槍が、生々しく光っていた。
「私は、ネイバル共和国第七兵団、竜騎士のカミュールだ。お前たちが要請に応じてくれた探知士の一団か?」
見た目と違い、力強い声がキャンピングカーを通り抜けていく。
「マジかよ」
中道がぼそりと呟いた。驚きに満ちた顔は、モリスも同じだった。
ドラゴンを瞬殺し、勇猛な姿と凛々しさを兼ね備えたカミュールと名乗った竜騎士は、まだあどけなさが残る少女だった。




