幕間 モリス
見慣れない乗り物に揺られ、エストールを目指す二人の異人者を眺めながら、私は不思議な感覚に包まれていた。
二人は別の国から来たのではなく、別の世界から来たみたいなことを言っていた。東の巨大な山脈を越えた先に、黒髪の民族がいることを聞いたことはあったけど、そこから来たというわけではなさそうだ。
それにしても、と私は二人を不思議に思っている。なぜなら、この国に生きる者で孤児に情けをかける人はいないからだ。私たちのような孤児を見つけると、奴隷斡旋集団に売ろうとするのが普通だった。佐山さんみたいに金を払って引き取ってくれるだけでなく、住む場所まで世話してくれる人は皆無だ。
船酔いでダウンし、ベッドに寝転んだ佐山さんの横顔を盗み見る。優しくて暖かい笑顔を向けられる度、体が熱くなるのを感じていた。それは不思議な感覚で、私にとっては初めてのことだった。
「佐山が気になるのか?」
「え? あ、いえ、そういうわけではありませんけど」
急に中道さんに話しかけられ、強く否定したつもりだったけど、にやける中道を見て顔が火照っていることに気づいた。
「と、ところで、お二人はとても仲が良いんですね」
無理矢理話題を変えながらも、二人の関係を探ってみる。見る限り、二人の仲の良さは兄弟を越えていた。
「佐山とは、俺がまだモリスちゃんぐらいの年齢の時に出会ったんだ」
「そうなんですね。子供の時からの親友みたいに見えましたよ」
「まあ、確かにガキの頃からの親友みたいに間違われるけど、出会った時の俺は、佐山のことを馬鹿にしていたんだ」
中道さんと佐山さんは、最初は友達ではなかったらしい。聞いてびっくりしたけど、佐山さんは孤児だったらしく、そんな佐山さんを中道さんは毛嫌いして馬鹿にしていたそうだ。
「けどな、ある時、急に家が上手くいかなくなったんだ。今は持ちこたえて再び金持ちになったんだけど、一時期ご飯も食べられないほどの貧乏になったんだ。そうなると、周りはどうなると思う?」
中道さんの問いかけに、私は答えることができなかった。私の家は、裕福とはいかなくても暮らすのに不自由を感じたことはなかった。だから、中道さんがどうなったかなんて想像できなかった。
「みんな、いなくなったんだ」
「いなくなったんですか?」
「そうだ。親友だと思ってた連中は、みんな俺から離れていったんだ。なんてことはない、みんなは俺と付き合ってたわけじゃなく、俺の金と付き合ってただけなんだ」
中道さんの顔が、微かに苦しそうに歪んで見えた。あまり話したくない過去だったんだろう。頭をかく仕草に、中道さんが心に受けた傷の深さがなんとなく見えた気がした。
「いきなり一人ぼっちになってよ、誰もが俺を見下すようになった。びっくりするぐらい世界が豹変してしまって、俺はどうしていいかわからず落ち込んでいた。そんな時に、いつも馬鹿にしていた佐山に助けられたんだ」
誰もが中道さんを馬鹿にし、近づかなくなったというのに、佐山さんだけが中道さんに優しくしてくれたという。
「貧乏で何の価値もなくなった俺と、佐山は友達になってくれたんだ。その時、金持ちの俺じゃなくて本当の俺を見て友達になってくれたのは、佐山しかいないと感じたよ」
照れくさそうに笑う中道さんから、佐山さんに対する気持ちが温かく感じられた。
「佐山は、どちらかというと周囲から嫌われるタイプだ。孤児だったことをコンプレックスだと思っているせいか、周囲と上手く馴染むことができないし、活発的な性格でもない。けど、本当は優しくて人を思いやることのできるいい奴なんだ」
佐山さんを語る中道さんの目が、いつの間にか輝いていた。本当の世界の佐山さんがどんな感じかはわからないけど、私にとっては恩人であるし、その優しい人柄に胸がじんわりと温かくなるのは間違いなかった。
「こっちの世界に佐山を連れてきたのは、あいつに冒険を通して自信を持ってもらいたかったからなんだ。そうすれば、あいつも本当の世界で少しずつ変わってくれるんじゃないかって思ったわけ」
中道さんが語る言葉から、佐山さんへの素直な想いが伝わってくる。それだけ、中道さんにとって佐山さんの存在は大切なんだろう。
「中道さん、優しいんですね」
「佐山は、俺の親友だからな」
照れ隠しのように笑う中道さんにつられて、私も自然と笑っていた。こんなに親友を想える人はなかなかいないと思えた。
私の家族や友達は、みんな戦争でいなくなってしまった。中には奴隷斡旋集団に連れられて、娼婦になってしまった子もいるかもしれない。
そんなかつての日々が胸に甦る。あの頃は、みんなと暮らすのが楽しくていつも笑っていた気がする。
それが、戦争で一変した。病気のビアンを連れて、先の見えない暗闇のような日々を過ごしてきた。
その先で出会った佐山さんたちと始まった新たな生活は、私の不安や恐怖を簡単に拭い去ってくれた。
佐山さんたちに出会えて本当によかったと思う。佐山さんの優しい眼差しと暖かい言葉のおかげで、私も家族を失った辛さから少しずつ立ち直っているのを感じていた。
夜の海に浮かぶ夜空の星を見ながら、このまま佐山さんたちと暮らしていけたらなと、私は密かに思い始めていた。




