バレンタインの甘い告白(ソフィアとカリーナの場合)上
3部構成です。
※ファンタジーなのでバレンタインがあります。
ソフィアは左手の小指をじっと見つめた。そこにあるのは、ギルバートから貰った魔道具の指輪である。細く華奢な指輪は蔦が絡んでいるようなデザインで、上品な白金に小さな藍晶石が付いている。とても可愛らしいそれは、しかし可愛らしいだけのものではない。
それは魔石の原理を応用したものだ。ソフィアが左手で魔道具のスイッチに触れると、ギルバートの耳飾りと連動して、魔力が流れる仕組みだ。魔力のないソフィアにとって、とても有難いものなのだが。
「困ったわ……」
ギルバートの魔力を使わせてもらうのは気がひけるが、魔道具の使用の為に使う魔力はごく少量らしく、ソフィアが生活する上で使用する程度なら問題はないらしい。副作用としてソフィアの居場所がギルバートに分かってしまうらしいが、ソフィアは構わなかった。しかし、今回は違う。
「なに、ソフィア。まだ悩んでるの?」
カリーナが呆れたように言った。そう言われるのも当然だ。ソフィアは数日前から、ずっと同じことで頭を悩ませている。
「だって、外して過ごして、ギルバート様は不思議に思わないかしら」
「大丈夫でしょ、精々数時間よ?」
「そうだけど……」
そう。着けていることが当然になり過ぎて、ギルバートに何処にいるかを悟られない為に外すことに抵抗があるのだ。
「別に良いじゃない。悪いことしようって言うんじゃないし、邸の中よ!」
「そう……だよね。うん」
ソフィアは頷いて立ち上がった。確かにこのままでは、何も始まらない。
「そうと決まれば、早速料理長のところへ行きましょう。カリーナも一緒に作ってくれるのよね」
「勿論よ。ソフィアだけじゃ厨房使えないじゃない!」
ソフィアはカリーナと顔を見合わせて笑った。
この国には、春の訪れを祝う時期になると女から男へと菓子等の贈り物を贈る習慣がある。バレンタインと呼ばれるその日は、愛の告白や感謝の気持ちを伝える日として親しまれていた。
ソフィアは、ギルバートに手作りの菓子を贈りたいと思っていた。そしてその為に、料理長に作り方を教えてもらえるように頼んでいたのだ。しかし指輪を使っていたら、ソフィアが連日厨房にいることがギルバートに気付かれてしまう。
「それじゃあ、お嬢ちゃん達。準備は良い?」
「はいっ! お願いします」
「お願いします」
ソフィアとカリーナは揃って頭を下げた。料理長は楽しそうに笑っている。
「いやぁ、お嬢ちゃん達にお菓子を貰える人は幸せだね。じゃあ、今日は基本から始めようか」
調理台の上には何種類かの粉や調味料が並んでいる。ソフィアはカリーナと共にメモ帳を広げてペンを走らせた。
ハンスには事前に勉強時間の調整を頼んで、料理長による指導は連日続いた。一週間経ち、やっとソフィアとカリーナ二人でチョコレートの焼菓子を作ることができた。オーブンや水を使うときにはカリーナに頼み、相変わらずソフィアは料理中にはギルバートから貰った指輪は使っていない。
「良かった、できた……っ!」
「うん。ちゃんとお菓子の味がするわよ!」
カリーナもまた手元にある菓子を見て嬉しそうだ。バレンタインは明後日だ。明日は休んで、明後日渡すものを作ることになるだろう。
「お菓子だもの、カリーナ。間に合ってよかった……ありがとうございます、料理長」
ソフィアは笑いながら言って、料理長に頭を下げた。料理長も嬉しそうに頷く。
「いやぁ、お嬢ちゃん達と料理してて楽しかったよ。良ければ明後日の後もまた遊びにおいで。次はもっと難しいのも作れるよ」
「あ……ありがとうございます!」
料理のことになると厳しい料理長だ。お陰で素人が作ったにしては随分本格的なものが作れたが、これからもとなると、料理人にでもされてしまいそうだ。内心で苦笑しつつも表情には出さず、ソフィアは微笑んだ。
「──ソフィア、一つ聞きたいのだが」
帰宅した後のギルバートと共に私室で会話をする幸せな時間は、当然のように続いている。隣り合わせに座り手を重ねてとりとめのないことを話すのを、ソフィアはいつも楽しみにしていた。
「ギルバート様、どうなさいました?」
珍しい切り出し方にソフィアは首を傾げる。ギルバートは話し辛そうに視線を一度ずらして、またソフィアと目を合わせた。
「最近、午後に何かしているのか?」
探るような目にどきりと胸が鳴る。何をしているかと言われればギルバートに渡す菓子を作っているのだが、バレンタインは明後日だ。今日まで隠していたのだ。今気付かれてしまっては内緒にしていたことが無駄になってしまう。
「いえ、特には……。──あの、どうしてですか?」
「ああ、いや。何もないのなら構わないが──困ったことなどあればいつでも言ってくれ」
ギルバートも直接ソフィアの指輪が反応しない為だとは言い辛いのか、言葉を濁す。ソフィアは内心でほっと息を吐いた。
「ご心配をお掛けしておりましたか? ありがとうございます、ギルバート様。でも、私、ちゃんと元気ですっ!」
ぎゅっと手を握ると、ギルバートは握り返してくれる。その優しさが大好きだ。
「そうか」
ギルバートは苦笑してソフィアの頭をぽんぽんと撫でた。それは子供をあやすような甘さで、ソフィアは眉を下げる。
「ギルバート様こそ、お疲れではありませんか? 最近は私とのことも色々動いてくださっていますし……」
「ソフィアのことは苦労とは思わない。お前こそ、無理はしないでくれ。勉強も領地のことも、抱えることはない」
優しい言葉に黙っている罪悪感が募る。あと二日、このままでいなければならない。ソフィアはぐっと息を飲む。喉まで出かかった言葉も一緒に飲み込み、微笑みを浮かべた。




