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令嬢と黒騎士様は結婚する【完】

 抜けるような晴天だった。青々と澄んでいて、まるで空までもソフィアとギルバートを祝福してくれているようだ。視線を向けると、広々とした丘には空とよく似た色の青い星のような形の小花が、まるで絨毯のように一面に咲き誇っている。ギルバートがソフィアに見せたいと言ってくれた景色だ。下ろしたヴェールを少し持ち上げて見ると、空と地面が繋がってその間に立っているような錯覚に陥るほど、視界一面が青の世界だった。

 教会の入り口に繋がる道にだけ深紅の絨毯が敷かれており、ソフィアはそこをゆっくりと歩く。可愛らしい印象の小さな教会は、上位貴族である侯爵の結婚式にはあまり似つかわしくない。披露宴は社交シーズンに王都で行うことになると聞いていたが、この式は、ソフィアを思い遣ってくれてのものだった。


「──ギルバート様、お待たせしました」


 ソフィアは純白の長いトレーンを引きながら、教会の入り口に立った。ギルバートは先に待っていて、やはり白い──まるでお伽話の王子様のような出で立ちだ。一歩ずつ歩いてくるソフィアに、ギルバートは目を逸らせないでいる。


「ソフィア、──とても綺麗だ。このまま閉じ込めてしまいたい程に」


 純白のウエディングドレスは、ソフィアの白い肌を美しく包んでいた。日の光が当たるとパールが上品な輝きを放ち、より神聖なもののように見せる。白と青を基調としたブーケも可愛らしい。ソフィアはあまりに率直な言葉に、恥ずかしくて頬を染めた。


「直前になってすまない。式の前に、これを着けてほしい」


 ギルバートがポケットからハンカチの小さな包みを取り出し、手の平の上で広げた。そこには揃いのデザインの、首飾りと耳飾りと、指輪が並んでいる。見覚えのある大粒の透明な石がそれぞれに飾られていた。


「どうして……?」


 それは証拠品として保管されているはずの、ソフィアの母の形見だった。


「証拠品はこのまま騎士団で保管されるが──石は魔道具の機能に関わりがない。作り直した物だが、受け取ってくれるだろうか」


 記憶装置としての機能は、その金属部分に彫り込まれていた。ギルバートはダイヤモンドを取り外して証拠品としての機能が失われることがないか、専門の部署に掛け合って確認していたのだ。首飾りは映像を、耳飾りは音声を記録し、指輪は記録機能を使うスイッチの役割があった。上書きは記録した本人にしかできないようで、今となっては証拠を消すことは誰にもできない。だからこそソフィアの叔父母はいつか高価な石だけを取り外そうと、捨てずに保管していたのだろう。魔道具の中には回路を不用意に破壊すると危険な物もある。証拠として残っていたのは必然だった。

 元々のデザインよりも少し今風の意匠に作り直されたそれらだが、石の輝きは変わっていない。


「ありがとう、ございます……っ」


 唯一の形見だったそれを、ソフィアはすっかり諦めていた。ギルバートは気付いていてくれたのだ。勝手に溢れてくる涙を、ギルバートの手がこれまでにないくらいにそっと拭ってくれた。


「これから式なのに、今泣いてしまっては勿体ないだろう」


 ギルバートはドレスを踏まないように足元を気にしながら、ヴェールの隙間から手を差し入れ、首飾りと耳飾りをソフィアに付けてくれた。それまで宝飾品のなく軽かった首に、確かな重さを感じる。


「指輪は──今はこっちに」


 ギルバートがソフィアの右手を持ち、肘までの手袋をするりと抜き取った。直接感じる肌の感触にどきりと胸が高鳴る。

 そのまま薬指に指輪を填めて、手袋が戻される。少し凹凸はできたが、見た目にはあまり変化がない。


「あの……?」


「左手は、この後までとっておけ」


 その言葉の意味を正しく理解し、ソフィアは顔を赤くして頷いた。





 扉が開き、ソフィアはギルバートの腕に手を掛ける。共に入場しようと提案してくれたのはギルバートだった。

 一歩ずつ進む度に思い出すのは、これまで過ごした日々だ。何度も悩んで何度も泣いて、その度に支えてくれたのはギルバートだった。フォルスター侯爵家の親族と、今日だけはソフィアの友人として出席しているカリーナしか参列していない式はとても暖かい空間で、ソフィアの頬も自然と緩む。


 誓約書に署名し、この日の為に用意された指輪に永遠の愛を誓う。ソフィアの左手の薬指で、ギルバートの手で填められた指輪が輝いた。ソフィアも慣れない手付きでギルバートの左手を手に取り、おずおずとその薬指に指輪を通していく。節のところで引っかかり、思い切ってぎゅっと押し込んだ。


「──ありがとう」


 ギルバートの甘い微笑みに、ソフィアも同じように返す。神父の合図で、向き合ったギルバートの手がヴェールの端に掛けられた。

 少し俯いて膝を曲げると、薄布はするりと背中側に落ちていく。何も隔てずに見た景色は鮮やかな幸福の色で満ちていて、ギルバートの藍色の瞳がまっすぐにソフィアを見つめていた。


「ギルバート様」


「ソフィア」


「私……これからもずっと、ギルバート様をお慕いしております」


「ああ──私もだ。愛している」


 肩に手が添えられる。ゆっくりと近付く顔に、ソフィアは目を閉じた。触れた唇の柔らかさを静かに感じる。それは神聖なものであり、ギルバートらしい愛の形のようにも思った。





 外に出ると、青い絨毯のような花畑の外側には多くの人がいるようだった。ソフィアとギルバートの姿を一目見ようと、領民達が集まっているのだ。


「ギルバート様。私……とても幸せです」


 その景色はあまりに美しく、ソフィアの目が潤む。今度はギルバートもそれを拭うことはしなかった。


「もう少し、近くへ行っても良いでしょうか?」


「ああ、折角だ。私もそうしたいと思っていた」


 深紅の絨毯の上を歩いていくと、その先に人混みができていく。ソフィアは恥ずかしくも嬉しく、人混みの前で立ち止まると、恥じらいを捨てて目一杯大きな声を上げた。


「いち、にー……さんっ!」


 ぽんと高くブーケを人混みへと投げ込む。わあっと盛り上がり、何度か飛び跳ねたそれは一人の若い娘の手に渡ったようだ。今にも泣き出してしまいそうな彼女の表情に、ソフィアはギルバートの横で軽やかな笑い声を上げる。


「──ソフィア」


 不意に名を呼ばれ、ドレスを気にしながら振り返る。すぐにギルバートの腕がソフィアを閉じ込めた。


「ギルバート様……っ」


 多くの人に見られているのに、らしくもなくそんなことをするギルバートに驚きが隠せない。身体がそのまま心臓になってしまったようで、どきどきと煩い。


「今日は良いだろう、領民達の前だ。──これからの私達と、皆の幸福を誓って」


 わあっという歓声と、恥じらいの黄色い声が聞こえた。触れるだけの軽い口付けが降ってくる。何度も繰り返されるその感触に酔いしれ、ソフィアは幸福を噛み締めるようにギルバートの背に腕を回した。


 それはいつまでも終わることのない幸せな時間を予感させる。皆の幸福な声が、青に吸い込まれて溶けていった。

以上で本編は完結です。

お読み頂き本当にありがとうございました。

ここまで書くことができたのも、読者の皆様のおかげです。

この後は番外編として、ソフィアとギルバートの日常やサブキャラ達の話も書いていきたいと思います。


【お知らせ】

2023年3月2日『捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り5』が一迅社アイリスNEO様より発売されます!

全編書き下ろしとなっております。

ずっと書きたいと思っていたエミーリアの周辺についてのお話を書かせていただきました。

コミカライズ第2部も2023年春より再開予定です!


また、同日発売の『ノベルアンソロジー◆虐げられ編 虐げられ令嬢のエンディングには愛の花束を』に『サーラ・メルディは歌えない』にて参加させていただきました!

こちらも書き下ろしとなっております。

素敵な受賞作と大好きな先生方とご一緒させていただきました。


どうぞよろしくお願いします(*^^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] コミカライズされたものを読んで、こちらを読みました。いきなり家から追い出されて、頼れるあても無いこの子はどうなるんだろう?と、はらはらしながら読みました。暖かい家庭が出来て、本当に良かった!…
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