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令嬢は黒騎士様と前を向く5

 翌朝目が覚めたとき、ソフィアは部屋の明るさに驚いた。慌てて窓の外を見ると、太陽はすっかり真上にあるようだ。当然だが、ギルバート達も出掛けた後である。

 机の上に置かれている小さな紙片には、まだ見慣れないギルバートの筆跡で、短く外出の挨拶が書かれていた。


「私、すっかり寝坊してしまったのね」


 嘆息しても時間は戻ってくれない。ギルバートが起こさなかったのは、きっとソフィアを気遣ってのことだろう。分かっていたが少し寂しい。簡素なワンピースに着替えて、一階の飲食店に降りた。


「──あら。こんにちは、フィーさん」


「アルマさん。こんにちは」


 ソフィアはここに来てから覚えた方法で、一人分の食事を注文した。椅子に座り、テーブルに並べられた料理を見る。昨日の夜から何も食べていなかったことに気付き、美味しそうな香りに空腹を思い出す。


「それにしても、フィーさんと一緒に来たあの人達が、王都の騎士様だったなんてねぇ」


「え」


 アルマの言葉に驚いて、ソフィアは食事をする手を止めた。しかしアルマは当然のように笑う。


「だって、昨日も今日もかっちりした服でさ。いやー、初めて見たけど、騎士ってのはかっこいいもんだわね」


「あ……そうでしたね。ええ、私も素敵だと思います」


 考えてみれば、レーニシュ男爵邸に行く日、彼等は堂々と騎士服を着ていた。そして今日はもう、隠す必要がなかったのだろう。


「それで? 三人いるけど、フィーさんの恋人はやっぱりあの銀髪の人?」


「──なっ、にを……っ」


 咄嗟に熱を持った頬に手を当てる。三人とはギルバートとケヴィンとトビアスのことだろうが、何故その中でギルバートだと分かるのか。


「あれ。だって一人は途中でいなくなっちゃったし。あの人、フィーさんのことすごく気にしてるじゃない。──だからさ、騎士様が恋人のお嬢様を護衛しつつ事件の捜査、とか妄想してたんだ。領主様の邸に騎士団がいっぱいいるって、今朝噂になってたからさ。もしかしてって思って」


 その妄想があまり外れていないことが恐ろしい。そして噂とは、こんなにも早く伝わるのか。ソフィアの護衛ではないが、確かに捜査の為に来たのだ。


「噂、に……なってるんですか?」


「ああ、そうだよ。まぁあの人達は良い領主様じゃなかったけどさ、これから領地がどうなっちゃうのかって、やっぱり不安でしょ? まぁ、今より悪くなることはないかもしれないけど」


 アルマはからからと笑う。ソフィアはそれに気付いて目を見開いた。レーニシュ男爵領の当主は叔父だ。叔父母が逮捕されてしまって、これから誰が、どうしていくのだろう。持ち主のいなくなった領地は、王領になった後で臣下の誰かに褒賞として与えられるか、競売にかけられることが多い。


「──そうですね」


 同意の言葉を返しながらも、ソフィアはどこかうわの空だった。レーニシュ男爵領はソフィアの両親が愛した土地だ。仕方のないことだろうが、素直に受け止められない自分がいた。





 特にすることも思い付かず、ソフィアはなんとなく宿の周囲を歩いてみることにした。部屋に篭っていても、良くないことばかり考えてしまう。町は午後になって朝の活気よりも少し落ち着いた雰囲気だ。以前アルマが話したことが正しければ、ソフィアは幼い頃、両親と共にこの町を訪れているらしい。


「──思い出せないものね」


 見れば何か思い出すかもしれないと考えたのだが、やはり無理だろうか。領内の何処かの町を歩いた記憶はあった。そういうときは、いつも少しだけ小遣いを貰って、菓子や小物を買っていた。今思えば、人見知りするソフィアを人に慣らす為でもあったのかもしれない。

 町はあまり大きくなかったが、ソフィアが一人で歩いて回るには広過ぎる。しばらく歩いてみたが知らない道ばかりだった。裏路地の途中で諦め、宿に戻ることにする。


「あら。でも、このお店──」


 そこにあったのは、何の変哲も無い小さな雑貨屋だ。見た目の可愛さになんとなく興味が湧き、ソフィアは扉を開けた。


「いらっしゃいませっ!」


 店内は生活用品を主に様々な雑貨を扱っているようだ。コップや皿もあれば、リボンや刺繍糸まである。外観と同じく、中まで可愛らしい。壁には小さな絵や刺繍作品が額装されて飾られていた。


「壁の作品は、お客様から戴いたものが殆どなんです。良ければ見ていってくださいね」


 声をかけられて見ると、エプロン姿の少女が店番をしている。ソフィアより歳下かもしれない。不思議な気持ちで軽く頭を下げ、言われた通り壁の作品を見ていくことにした。

 刺繍も絵も、子供が初めて作ったようなものから、職人か芸術家の仕事と言っても良い程のものまで様々だ。


「──随分、色々な人の作品があるんですね」


「はいっ、このお店はおばあちゃんの頃からあるんです。だから、私が会ったことのない人のもたくさんあります」


 話しかけられたのが嬉しかったのか、少女は笑顔で教えてくれた。少女の祖母の代からなら、もう何十年もここにあるのだろう。それに驚き、同時に何故か少し嬉しくなる。


「そうなんですね。ありがとうございます」


 視線を壁に戻して改めて見ると、確かに端が黄ばんでしまっているものもある。そんな中、一つの刺繍に目が止まった。

 それは何の変哲も無い、子供が刺したような簡単な刺繍だ。植物の蔦が絡まっている中に、桃色の花が幾つも咲いている。端に小さくSの文字が縫い取られていた。


「──あの、これはどうしたのですか?」


 ソフィアが指差すものを見て、少女が近付いてきた。


「お姉さん、これが気になるんですか? ええと、確か先代領主様のお嬢様──ソフィア様が刺したものだそうで、町に来た奥方様から戴いたんだとか。本当かどうか、私には分からないですけどね。母が大事にして、店に飾ってるんですよ」


 少女は首を傾げながらも笑い声を上げた。他の誰に分からなくても、ソフィアにはそれが本物だと分かる。確かに自分が刺したものだった。針目は揃っていないし、緩やかな曲線になる筈の蔦がところどころしっかりと折れている。この店のことは思い出せなくても、この刺繍はまだずっと幼い頃、母に教わりながら作ったものに違いなかった。泣いてしまいそうなのを堪えて、ソフィアは顔を上げる。


「──あの、これ……これって、絵に写しても良いですか?」


「えっと、端の方でやってくださるのなら、別に構いませんけど……?」


「ありがとうございます……っ!」


 ソフィアはそれから、その店で安価なメモ帳とペンを買って、その刺繍を書き写した。あまり複雑な図案でなかったこともあり、一時間もかからずに作業を終える。


「──あとは、ええと」


 適当な布と糸、刺繍道具を選ぶ。町民向けの店だったお陰で、ソフィアの手持ちの金だけで、欲しいものは全て買い揃えることができた。

 大急ぎで宿に戻り、買ったものと書き写した図案を机に広げる。そのままギルバート達が帰ってくるまで、ソフィアは部屋から出ずにそれらと向き合い続けていた。

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