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令嬢は黒騎士様に拾われる7

 ソフィアは馬車の座席に座ったまま、じっと瞳を閉じていた。考えなければならないことは沢山あるはずなのに、思考が上手く纏まらない。これからこの身がどうなるのかすら、今のソフィアには分からなかった。レーニシュ男爵邸を追い出されたのはつい昨日のことなのに、今は随分前のことのように感じる。心細さから両手でぎゅっとワンピースの裾を握り締めた瞬間、馬車が揺れ、ソフィアは閉じていた目を開けた。


「──騎士様?」


 開かれた扉から強い光が差し込み、ソフィアはすぐに目を細める。眩しい陽の光の中、ギルバートの銀の髪が輝いていた。ソフィアの向かい側に座ったギルバートは、ソフィアのトランクと靴を馬車の床に置いた。


「待たせた。──出してくれ」


 短い言葉で指示をすれば、馬車はすぐに動き始めた。ギルバートは組んだ手を膝の上に乗せ、ソフィアをじっと観察しているようだ。ソフィアは惨めな姿を見られていることが居た堪れなくて、また下を向く。無言のままの二人を乗せ、馬車は走り続けている。しばらくして、ソフィアは勇気を出して口を開いた。


「──あの。私の靴、返して頂けませんか?」


 それは今のソフィアにとって、切実な願いでもあった。屋外で靴を履かずにいるなど、あり得ないことだ。傷のある足を他人に晒しているのも恥ずかしかった。しかし、ギルバートは眉一つ動かさないまま、はっきりと首を左右に振る。


「すぐに着く。その足に靴など不要だろう」


 ソフィアはギルバートの言葉に、ぱちりと瞬きをした。何を言われたのか分からず、内心で首を傾げる。続けようとした言葉は、向けられたギルバートの視線によって阻まれた。正面から見ると、ギルバートの瞳は透き通るように綺麗な藍色をしていると、場違いにもソフィアはどこか冷静に思った。


「──靴擦れが酷い。大人しくしておけ」


 ふいとすぐに逸らされた視線は、馬車の床に置かれたソフィアの靴に向けられた。ソフィアもギルバートの見ている先の自らの靴に目を向け、踵に乾いた血液がしっかりと付いていることに気付いた。


「申し訳……ございません」


「何故謝る?」


「お見苦しいものをお見せしました」


「──いや、構わない」


 ギルバートは気遣ってくれていたのだと、ソフィアは初めて気付いた。初対面で剣を向けられた恐怖もこれからの不安もまだ消えないが、やはり悪い人ではないのだろうと、また少し気を許す。

 少し緊張が弛むと、靴の汚れは洗って落ちるだろうかと心配になった。靴はこの一足しか持ってきていない。ソフィアはギルバートに気付かれないよう、小さく溜息を吐いた。





「──着いたぞ」


 ギルバートの言葉通り、目的地にはあっという間に着いてしまった。マティアスとギルバートの話を信じるのなら、ソフィアはフォルスター侯爵のタウンハウスに連れてこられたのだろうと当たりをつけた。外側から馬車の扉が開かれ、ソフィアの目の前にあったのは、歴史を感じさせる予想以上に上品な佇まいの貴族の邸宅だった。

 タウンハウスらしい三階建ての造りで、古くも外壁の美しい建物だ。庭の草花も丁寧に手入れがされている。ソフィアはその光景に目を見張った。


「ギルバート様、つい先程王城よりお戻りになるとの連絡がありましたが、何か緊急の案件でもございましたか?」


 どこか慌てたように正面玄関前から数歩馬車に近付いた執事服の男は、馬車の中を覗き込み、ソフィアの存在に気付き動きを止めた。雰囲気の柔らかい初老の男だ。


「……ギルバート様?」


「ハンス、今戻った。これを私の部屋に」


 ギルバートは馬車の中からソフィアのトランクと靴をハンスに渡した。ハンスは反射的に受け取り、馬車の前から横に避ける。その所作一つとっても、叔父母と共にソフィアを邪険にしていた男爵家の使用人とはあまりに違った。ソフィアはとんでもないところに来てしまったと改めて思う。


「──あの、私やっぱり……!?」


 お世話になれません、と続けようとしたソフィアの言葉は、ギルバートに両手で抱え上げられたことで飲み込まれた。馬車から降りるときに大きく揺れて、咄嗟にギルバートの黒い騎士服を縋り付くように掴んでしまう。


 邸内に入れば、使用人達の視線がソフィアとギルバートに向けられた。仕事をしていたであろうメイドや従僕が、ソフィアを抱き上げているギルバートの姿に驚いている。ギルバートは何も構わないとばかりに、サルーンを抜け、悠々と階段を上り始めた。


「あ、あの。──歩けますっ! 歩けますから……」


「何度も言わせるな」


 ぴしゃりと言われ、ソフィアは言葉を飲み込んだ。黙ったソフィアに満足したのか、ギルバートはそのまま二階で最も立派な扉のついた部屋へとソフィアを運んでいく。ギルバートはソフィアを抱えたままで器用にその扉を開けた。

 そこは見るからに侯爵家当主の私室で、インテリアは深い青の絨毯やクロスと、モノトーンの調度品で統一されていた。遊びの少ないシンプルな部屋にギルバートらしさが窺えて、ソフィアは頬を染める。ギルバートは続き部屋を抜けた先の個人用のバスルームの入口で、ようやくソフィアを降ろした。

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