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令嬢は黒騎士様と前を向く2

 翌日朝早く、ソフィアは残った合同捜査の面々と共にレーニシュ男爵邸へと向かった。久しぶりに見るギルバートの騎士服姿は凛々しくて、ソフィアも自然と勇気を貰う。昨日の内に来ていたバーダー伯爵領にいた騎士団員達が、既に邸外で見張りをしてくれていた。


「──準備は良いか?」


「はい」


 ギルバートがソフィアの背をそっと押した。ソフィアはそれに促され、門を抜けて前庭を進む。僅かに躊躇ったが、そのままの勢いで思い切って玄関扉を開けた。ギルバートと二人、中に入る。他の者は開けたままの扉の陰で待機することになっていた。扉の音に気付いたのだろう、家令のパーシーが慌てた様子で駆けてきた。


「これはこれは、ソフィア様ではございませんか。突然如何なさいましたか?」


 パーシーは口をへの字にして、不機嫌を隠そうともせずに言った。ソフィアはめげずに背を伸ばす。


「──この家で、探したい物があるの」


「ですが、ソフィア様は家を出られたとお聞きしています。だとしたら、誰の許可を得てそのようなことを仰っているのです?」


 ギルバートがソフィアの隣で眉間に皺を寄せたのが分かった。使用人として過ぎた言葉なのは間違いない。生活に不自由していたのはこの男のせいでもあったと、どこか冷静に思い出す。


「誰だ?」


「パーシーです。家令で、叔父から領地の留守を任されています」


 ギルバートが納得したように頷いた。


「──トビアス、いたぞ」


 待機していたトビアスが入ってきて、無駄の無い動きでパーシーを拘束する。パーシーは抵抗もできない内に動きを封じられ、もがきながら口を開いた。


「な、なんですかっ! 突然このような──」


「証拠保全の為の措置です。ご理解ください」


 トビアスが平静な様子で言う。それでもどうにか逃れようとしているパーシーに、ギルバートが数歩近付いた。


「五年前、先代男爵夫妻が亡くなった事件の日、御者をしていたのはお前だった。──態々遠回りの道を選び、崖下に落ちたのは二人だけ。この制服が何を表しているか、まだ分からないのか」


 パーシーは黒い騎士服姿のギルバートと、今にも玄関から入ってこようとしている特務部隊の姿を見て、口をあんぐりと開けた。


「まさか」


 ソフィアは雰囲気に飲まれないように足に力を入れる。先代男爵夫人であった母は──優しかったが、時に厳しい美しさを持っていた。その姿を思い出し、凛と前を向く。


「そのまさかです、パーシー。私は私の意思で、彼等をこの邸に招いています。何か……問題がありますか?」


 男爵邸のあまり多くない使用人達が、騒ぎに気付いて集まってきていた。トビアスはパーシーをぐいと引く。


「──馬車に乗せておきます」


「頼む」


 トビアスがパーシーを連れて出て行くと、より使用人達の声が大きくなった。動揺しているのだろう。何も知らずに困惑している者だけでなく、明らかに顔を青くしている者もいる。


「ギルバート様」


 ソフィアが声をかけると、ギルバートは頷いた。ソフィアは精一杯声を張る。


「お騒がせしてごめんなさい。私、探し物をしているのです。──皆さん、広間に集まってください」





 広間にはレーニシュ男爵邸で働く全ての使用人が集められた。騎士達の見張りにより、誰もそこから動けない。ソフィアはギルバートやフェヒト達合同捜査の人員と共に、邸の中を探していくことになった。探すのは、形見の首飾りと揃いの耳飾りと指輪だ。証拠になる魔道具だと知れば、簡単に売り払うことも、捨てることも、まして持ち歩くこともできないだろう。ならば必ず、この家の何処かにあるはずだ。


「──ギルバート様、ありがとうございます」


 証拠品ではあるが、同時にソフィアにとっては大切な思い出の品でもある。その思いはこの家に戻ってきて、より強くなった。悲しさを通り越して虚しくなるほど、本来のソフィアには扱えない筈の魔道具ばかりの家だ。男爵夫人である叔母の宝石箱を調べながら、ソフィアはこっそり溜息を吐いた。


「いや。私達も、お前に協力してもらっている。──お互い様、ということでどうだ?」


 ギルバートは家具を魔法で動かして、隠し金庫等を探しているようだ。あまり大きくない家とはいえ、探している物はあまりに小さい。

 ソフィアは、この家で叔父母と従姉妹と共に暮らした日々を思い出していた。正直あまり良い記憶ではない。何度も怒鳴られ、手を上げられたこともあった。そんな記憶の中の叔父母に、違和感があったことはなかったか──ソフィアの部屋、居間、食堂と、順に記憶を辿っていく。彼等が、ソフィアが立ち入ることを最も嫌っていた場所は。


「──執務室?」


 ソフィアは誰に言うでもなく呟いた。ギルバートが手を止め、はっと振り返る。


「執務室と言ったか?」


「はい。叔父は、私がそこに近付くことを酷く嫌っていたように思います。だから……もしかしたら、と思いまして」


 ギルバートはすぐに頷き、ソフィアの手を引いてレーニシュ男爵の執務室へと向かった。先にフェヒトが捜索していたようで、その机の上には証拠品であろう裏帳簿等が山のように積まれている。


「侯爵殿、ソフィア嬢。何かございましたか?」


「あ、あの。フェヒト様──ですよね。私にも、この部屋を探させてください」


「構いません。しかし、机の上の物には触れないでください」


 フェヒトが念を押す。ソフィアは礼を言って、執務室をぐるりと見回した。数年振りに入った執務室は、ソフィアの知るその場所とはかなり様子が変わっていた。当時はソフィアの生活に合わせて、アンティークに揃えられていた調度も、すっかり魔道具に入れ替わっている。暖炉は撤去されているし、部屋の明かりもソフィアの慣れ親しんだものではない。そればかりでなく、絨毯や家具も替えられているようだ。


「──すっかり変わってしまったのですね」


 ソフィアは部屋の端にある、飾り棚の上のランプに触れた。隅に追いやられていたそれは、この部屋の中にあって唯一、アンティークの調度品のようだ。

 思い起こせば、ソフィアの父が仕事をしているとき、このランプはいつもその机の上にあった。


「売られていない物もあったのね……」


 細かい細工の施されたランプシェードを見る限りでは、高値が付きそうだ。あの叔父が大事に持ち続けていることが信じられなかった。ソフィアは首を傾げて、何となく両手で持ち上げる。引き寄せようとして傾けたとき、ランプがソフィアの手の中でからんと高い音を立てた。

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