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令嬢は黒騎士様と前を向く1

 王都のレーニシュ男爵邸は騎士団に包囲されていた。貴族街の端の方にある男爵邸には、平民の野次馬達と新聞記者が群がり、中の様子を窺っている。客間ではレーニシュ男爵夫妻が騎士と向き合い、突然の騒ぎに抗議していた。


「──これは、どういうことだ!」


 激昂する男爵と、その横で顔を青くしている男爵夫人。逮捕される前の犯人の表情はどれも似たり寄ったりだ。騎士の一人が書状を広げた。


「レーニシュ男爵及び男爵夫人。お二人には、違法商品の生産及びバーダー伯爵子息との共犯について、逮捕状が出ております」


「な、んだと……っ。証拠はあるのか!?」


「男爵領内の生産施設を差し押さえています。加えて、自警団の管理と犯罪の教唆についても、牢の中でゆっくりと──お話をお聞きしましょう。……連れて行け」


 ケヴィンは真っ先にレーニシュ男爵の手首を掴み、手錠を掛けた。男爵領を見てきた者として、思い入れは人一倍大きい自覚がある。隣では特務部隊の隊員が、男爵夫人の手首にも同じように手錠を掛けていた。


「お父様、お母様……?」


 場違いな高い声がしてはっと目を向けると、そこにいたのは年若い娘だった。ケヴィンはソフィアの従姉妹のビアンカだろうと思い、別の騎士に男爵を渡す。引き継いだ騎士が男爵夫人と共に護送用の馬車へと連行していく。


「ビアンカ嬢ですね」


 ビアンカがケヴィンの騎士服を見てびくりと肩を揺らした。それでも目を見開き、きっと睨み付けてくる。


「貴方達は何をしているの!? お父様とお母様を離してっ!」


「貴女のご両親には、違法商品の生産等を理由に逮捕状が出ております」


「──逮捕、状?」


「はい、証拠も確保しています。貴女からも事情をお聞きしたいので、ご同行をお願いします」


 実際に事件に関与している可能性はほぼ無いだろう。五年前には、ビアンカもまだ子供だ。だが一人残しておくことで領地に連絡を取られたり、証拠を隠蔽されては困る。両親が逮捕されれば、ビアンカ自身もレーニシュ男爵家から追放されることになるだろう。何をするか分からない人間を、放置する訳にはいかない。


「ふ、ふふふ……」


 ビアンカは俯いたまま笑い声を上げた。ケヴィンは心配し、数歩近付く。若い娘にはあまりにショックが強かったか。


「ビアンカ嬢?」


 しかしその心配は杞憂に終わった。その顔に浮かんでいる表情は、一言で表現するならば、恨み、だろうか。


「何よ。今度は両親まで取り上げないと気が済まないの? ソフィア……そうよ、ソフィアはどうしているの!? あの子だって男爵家の人間じゃない。私ばっかり……不公平だわ!」


 それはケヴィンに言われても困る。それに不公平と言えば、私欲の為に両親の命まで奪われたソフィアの方が可哀想ではないかとも思った。


「ですが、事実として犯罪は行われておりました。──ご同行を」


 以前の夜会の騒ぎで、伯爵家との婚約も破談になったと聞いている。しかしその婚約すらソフィアから奪ったものだということも、ケヴィンは知っている。同情する気にはなれなかった。


「何よ。何よ何よっ! 私は関係ないわ。お父様とお母様が勝手にしたことじゃない!」


「お話は騎士団でお聞きしますよ」


 ケヴィンがビアンカに玄関を手で指し示した。ビアンカはふんと首を背けると、廊下の奥へと走っていく。


「──逃げてどうするつもりだろう」


 そもそも逃げ場などない。男爵邸は包囲されているし、男爵夫妻は既に護送用の馬車の中だ。ケヴィンが追い掛けると、ビアンカは廊下を曲がった先で、騎士によって床に押し付けられるようにして捕らえられていた。


「離しなさいよ!」


 それでも抵抗を止めないビアンカに、ケヴィンは深く嘆息した。


「大人しくついて来れば良かったのに」


 拘束されているビアンカに手刀を入れて意識を奪う。やっと静かになったビアンカを、ケヴィンは担いで外の馬車へと乗せた。





 ソフィアは宿に戻ってきたギルバートからその報告を聞いた。レーニシュ男爵夫妻である、叔父母の逮捕──それはソフィアにとって、大きな衝撃だった。そうなるだろうと分かっていた。男爵領に来て、領民達と触れ合って、よりその思いは強くなっていた。


「ギルバート様は──私でよろしいのですか?」


 ついに身内から犯罪者を出してしまったのだ。まして今回、ギルバート達騎士団の手を煩わせている。俯いてしまいそうな顔を必死で上げて、ソフィアはギルバートに問いかけた。しかしギルバートはそれが当然であるかのように首を傾げている。


「──ソフィアでなければ駄目だ。それに、お前の立ち位置は……お前自身で築くべきだ」


「ギルバート様……?」


 ギルバートが真剣な表情でソフィアを見ている。すっかり遅い時間だった。魔道具の明かりが照らす室内で、ギルバートの瞳は確かな意思を湛えている。


「明日、レーニシュ男爵邸へ行き、邸内の捜索を行う。そこでソフィアの両親の事件についての証拠を見つけたい。──予定より早いが、協力してくれるか」


 今のままでは、ソフィアは犯罪者であるレーニシュ男爵の姪でしかない。しかしその男爵に殺された先代男爵夫妻の娘ならば、世間や領民が見る目も違ってくるだろう。ましてソフィアの両親は、領民達に寄り添って、善政を布いていたのだから。


「──はい、一緒に行かせてください」


 ソフィアは両手をぎゅっと握り締め、ギルバートのそれに応えるだけの確たる意思を持って頷いた。

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