令嬢は黒騎士様と領地に戻る10
翌日、護送に行った者以外の全員で、攫った人間を連れて行ったという場所へと向かうことになった。自警団の男達がいなくなったことを怪しんだ者に、証拠を隠されることを懸念したのだ。違法商品を生産している現場である可能性が高い。少しでも早く対処したかった。
昨日の取調べでギルバートが見たその場所は、レーニシュ男爵の私有地である森の中にあった。そこは男爵領の中でも中心から少し外れたところにある。確かに関係ない者が立ち入ることはないだろう。
「──外の見張りは、扉の前だけか」
平たく広い建物には入り口は一ヶ所だけで、裏口もない。入り口には、体格の良い男が二人、退屈そうに立っていた。逆に森の中の施設に見張りを付けていることで、ここに何かがあると分かってしまう。ギルバートはトビアスと共に死角から回り込み、声を出されないよう慎重に一人ずつ見張りの意識を奪った。音を立てないよう腕に抱き留めて、そのまま座らせる。すぐに持ってきていたロープで拘束した。
入り口の端に身を隠し、剣の柄に手を掛ける。すぐに特務部隊もそこに加わった。
「良いか」
フェヒトが言うと、特務部隊の面々が頷いた。ギルバートもトビアスに視線を送る。
「──突入」
扉を蹴り開けて中に入る。中は薄暗く、数少ない魔道具の明かりが照らしていた。違法商品の生産において、日光は大敵だからだろう。その先にある下りの階段に意識を向け、息を殺す。フェヒトが先頭を、そしてギルバートが最後尾をそれぞれ警戒して進んだ。下りきった先にあったのはまたも扉で、隙間から中を窺うと、どうやらそこが生産場所で間違いないようだった。
扉を開けて中に入り、状況を把握する。背の低い草の間に、虚ろな目をしながら作業をしている若い男が十人程、そして彼等と比較しても明らかに体格の良い男が三人──どちらが本来の犯人であるかは、火を見るよりも明らかだ。
「行く」
ギルバートはフェヒトに言い、トビアスと共に左端へと駆けた。同時にフェヒトも特務部隊の隊員と共に右端へと駆ける。反抗しない若い男達は意識を奪うだけにして、その場に寝かせていった。体格の良い男が一人、明らかに手入れの行き届いていなさそうな大剣をギルバートに向ける。
「副隊長っ!」
少し先を進むトビアスが振り返る。
「先に制圧しろ。このくらい──なんともない」
ギルバートは口の端を上げた。鞘から剣を抜く。
「てめぇら何者だ!? ここはなぁ、男爵様の私有地だぜぇ? 分かって入って来てんのか」
がなるような声が煩い。耳が聞くことを拒否している。
「ああ、分かっている。私は近衛騎士団第二小隊、副隊長──ギルバート・フォルスター。フォルスター侯爵家当主だが……何か、文句でも?」
「はぁ!? 嘘だろ!」
一瞬怯んだことを隠そうとしたのか、男は大きな声を出し地面を踏んだ。しかしギルバートとて、ならず者にやられるような訓練はしていない。
「──捕まれば分かることだ」
挑発に乗って振り下ろされた剣を避けて背後を取る。振り返った男の剣の手元を狙って、魔力を帯びさせた剣を振るった。あまりに呆気なく大剣は折れ、男の手元には剣の柄だけが残る。
「手入れくらいしたらどうだ」
「う……煩いっ!」
男は使い物にならなくなった剣の柄を躊躇無く投げ捨て、殴り掛かってくる。ギルバートは足を狙って浅く斬りつけた。倒れた男の眼前に、剣先を突き付ける。
「話は後でゆっくりと──聞かせてもらおう」
魔力で男の動きを封じ、剣を鞘に収める。そのまま男の意識を奪い、ロープで縛り上げた。
すぐに他の者の援護に回る。大柄な男が三人もいる割に、その誰もがそう強い者でもなかったようだ。制圧を終え、大柄な男だけを、先に呼んでいた拘束用の馬車に乗せる。おそらく人攫いに遭った被害者達も、先程の様子を見たところ、違法商品を使用されていたようだった。治療が必要だろうし、今後事情を聞く必要もある。追加の馬車を手配し、王都へ護送することにする。
人がいない薄暗い空間に、大量の植物が植えられている。何も傷付けないままに制圧したこの空間が、何よりの証拠だった。
「──フェヒト殿」
ギルバートが呼ぶと、フェヒトは振り返って頷いた。
「協力感謝します。すぐに王都に連絡し、レーニシュ男爵夫妻を捕らえさせます」
現時点でレーニシュ男爵夫妻は、違法商品の生産をした罪で逮捕することができる。ギルバート達第二小隊にとっても、証拠隠滅のおそれがない分有り難い話だ。
「はい。──では、明日は私共に協力して頂きます」
明日には領地のレーニシュ男爵邸に踏み込むことになるだろう。先代男爵殺害の証拠を探すのだ。同時に事件当時に御者をしていた男も探す必要がある。
「当然です。男爵夫妻を捕らえる者には、家人も共に拘束させましょう。使用人もタウンハウスに留まらせれば、こちらに情報は伝わりません」
王都から情報が漏れなければ、こちらの捜索もし易くなる。特に明日、直接レーニシュ男爵邸に行くときには、ソフィアも連れて行くことになるのだ。ギルバートはフェヒトからは見えないように、ぐっと拳を握り締めた。
「ありがとうございます。人が出たら、この場所は結界を張っておきます」
ソフィアはこの話を聞いてどう思うだろうか。男爵邸に行くのも、予定より早まってしまった。昨日ギルバートの腕の中で泣いた少女は、それでも精一杯強くあろうとするのだろう。
「──早く、終わらせてしまいたいな」
誰にも聞かれない程小さい声で、ギルバートは呟く。早く終わらせて、ソフィアを穏やかな場所に帰したい。
「侯爵殿?」
「いえ、何でもありません」
馬車の音が近付いてくる。中には合同捜査には関係なく、近くのバーダー伯爵領に配備されていた騎士が乗っている。同じ事件と言っても過言ではない。次々と乗せられていく被害者達を見ながら、ギルバートはソフィアにどう伝えるべきか、頭を悩ませていた。