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令嬢は黒騎士様と領地に戻る9

「──無茶なことを」


 ギルバートは腕の中で寝息を立てているソフィアを見下ろした。室内にいることが多かったからだろう、透き通るほど白い頬に残る涙の跡を、指先で拭ってやる。自身とは違う柔らかな感触が可愛らしい。ギルバートが来るまで、泣くことも甘えることも我慢していたのだろうか。

 起こさないようにそっと抱き上げ、端にある長椅子に横たえた。着ていたコートを脱いでそっと掛けると、華奢な手がその端をきゅっと握り締めた。


「侯爵殿、大まかには吐かせました。後はお願いしますよ。──おや」


 フェヒトが取調べの為に借りた別室から戻ってきた。ギルバートを見て、片眉を上げる。


「フェヒト殿。どうしました?」


「いや……侯爵殿がそのような顔をしているのは、初めて見ました。疑っていたこともある娘ですが、今回の件を見る限り、事件とは無関係なようですね」


 ギルバートは内心で嘆息した。合同捜査を通じて何度も関わってきたが、これまで本当にソフィアを容疑者に入れていたのか。レーニシュ男爵家を調べれば、その事情も分かると言うのに。あまりにも真面目過ぎる。


「──容疑が晴れて何よりです。行きましょう」


 それ以上の会話を拒むように、ギルバートはまっすぐに別室へと向かった。後をついてくるフェヒトがソフィアを気にしているのが分かる。


「疲れて眠っているだけです」


「そうではなく──」


 らしくもない焦った様子が少し腹立たしい。他意はないのかもしれないが、フェヒトがソフィアを気にかけていること自体が気に食わないというのは狭量だろうか。


「ならば、それこそ余計な心配です。彼女は貴殿に心配されるまでもなく──立派にレーニシュ男爵家の者だ」


「そう、ですか」


 これまで特務部隊だからと倦厭していたが、フェヒトにはフェヒトなりの正義があるのだろう。そうでなければ、今このようなことを気にする筈も無い。気に入らないことも多いが、最初と比べたら随分と仕事がし易くなったようだ。


「報告を頼みます」


 ギルバートは端的に言う。フェヒトは頷き、先の取調べの成果を報告した。

 曰く、彼等は実際にレーニシュ男爵領の自警団に所属しており、領主である男爵から直接人攫いの指示を受けていた。攫っては、毎回決まった建物に連れて行っていたらしい。詳しい理由は知らないが、仕事をさせるつもりだと言っていたそうだ。


「彼奴等の自警団への推薦は」


「レーニシュ男爵によるものです」


 では、最初から人攫いをさせるつもりで自警団に入れたのだろう。宿屋の店員が、自警団は当てにならないと言っていた。その裏にあった事実がこれとは、何とも皮肉なものだ。


「私は、自警団の内情と建物の場所を探れば良いのですね」


「はい。お願いします、侯爵殿」





 取調べを終えて戻ると、ソフィアは変わらずに眠っていた。膝をついてそっと顔に掛かった髪を避けてやると、さらりと指先から逃げるように落ちていく。本当は寝かせておいてやりたいが、そろそろ起こさなければならないだろう。


「──ソフィア、起きれるか?」


 ギルバートはできるだけ柔らかな声音を出した。少しでも穏やかに目覚めてほしいと、ささやかな願いを込める。何度か名前を呼ぶと、少しして長い睫毛が震え、ゆっくりとその目が開けられた。深緑色の瞳が覗く。日の光が当たるとより透明感が増して、木漏れ日を透かした初夏の木々の葉のようだ。


「ギ、ルバート様……え、私──」


「おはよう、ソフィア。起きたばかりで悪いが、宿に戻れるか」


「おはよう、ございます……?」


 まだ意識がはっきりとしていないのだろうか。身体を起こし、子供のように首を傾げる姿に思わず笑いが漏れる。


「あれ、私……っ!?」


 はっと見開かれた目と染まっていく頬に、ソフィアが眠ってしまう前のことを思い出したのだと分かった。そんなに恥ずかしがることもないだろう。確かに泣いて寝入ったが、ソフィアが頑張ったことは事実だ。


「一度ソフィアは宿に戻って、今日と明日は念の為に宿の中にいてくれ。男達は王都に護送させる」


 人目につかない裏口に馬車を着けて、ケヴィンと特務部隊の者の二人に、王都の騎士団まで護送させる手筈になっている。王都なら拘置所がある。拘束しておく場所にも、取調べの場所にも、そして裁きの場にも困ることはないだろう。


「──はい、分かりました」


 素直に頷くソフィアの頭を撫でる。いつだって安心させたくて、少しでも優しくしたくて──ギルバートは撫でる手の強さを探っている。気持ち良さそうに目を細めるソフィアが、まるで子猫のようだと思った。


「疲れただろう? ありがとう、ソフィア。明後日には、また子供達に会いに来てやると良い」


 ソフィアが、心から嬉しそうに笑った。その微笑みはいつだって甘い。この表情を見て、絆されない者などいるのだろうか。最初に笑顔を見せてくれて以来増えていくその表情に、ギルバートは幸福を感じ、同時に不安を抱えている。いつか何処か手の届かないところに飛んでいってしまうような不安だった。しかし縛り付けたくもない。消えない矛盾がギルバートにとっては何故か心地良かった。

 ギルバートの複雑な気持ちを知ってか知らずか、ソフィアはニコニコとギルバートの手を握ってくる。


「ありがとうございます……っ! ギルバート様も、いつか一緒に来てくださいね。ミアに、お姉ちゃんの王子様は誰かって聞かれてしまったんです。──だからちゃんと、この人だよって言えたらなって……」


 俯くのを堪えているのが分かる。ギルバートはその額にキスを落として立ち上がった。すぐに左手を差し出す。


「行こう、ソフィア。ティモが待ってる」


「はい……っ」


 当然のようにすぐに重ねられる手が、ソフィアの体温を伝えてくれる。起きたばかりだからか、いつもより少し手が温かい。ふとした瞬間に募る想いすら愛おしく、ギルバートはソフィアの手をぎゅっと握った。

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