令嬢は黒騎士様と領地に戻る2
「──お疲れ様」
ギルバートは合同捜査を行なっている第二小隊の人員を集めた。ギルバートを含めて三人だ。一人はケヴィンで、もう一人はトビアスという。二人は第二小隊の中でも特に仲が良い。計算して攻めるタイプのケヴィンと好戦的な剣を使うトビアスは相性が良く、何かとペアで仕事をすることが多かった。
「お疲れ様です、副隊長。今日は俺達だけなんですね」
口を開いたトビアスに、ケヴィンも頷く。同じ合同捜査の人員でも、特務部隊は呼んでいなかった。先にソフィアから預かった首飾りを確認するためである。机の上に小箱を置き、蓋を開けた。そこにあるのは、いつか星空の下で見たダイヤモンドの首飾りだ。あのときには確かに特別な宝物のように見えたそれも、無機質な室内では透明な石でしかない。ギルバートはそんな事実に僅かに感傷を抱いた。
「これを昨日預かった。現時点で唯一の証拠品だ。先に確認しておきたい」
特務部隊を信頼していない訳ではない。寧ろ事件解決への熱意という意味では尊敬すらしている。しかし、それとこれとは別の問題だ。唯一の証拠品であると同時に、ソフィアの大切な唯一でもあるのだから。
「これは……首飾り、ですか?」
「なんだか高そうな石が付いてますねー」
二人が身を乗り出してまじまじと観察している。見た目は何の変哲もない宝飾品だ。
「──被害者の遺品だ。事件が起きたとき、これを身につけていたそうだ」
「これ、ソフィア嬢が?」
ケヴィンが顔を上げてギルバートを見る。ギルバートは一度頷いて、改めてそれに目を向けた。不用意に開けるのは躊躇われ、箱のまましまっていたのだ。
シンプルだが上品な意匠だ。手に取ると確かに重さがある。丁寧に裏返すと、台座にも細かな紋様が彫り入れられていて──それはギルバートにとっては見慣れたものだった。
「これは」
目を見開き、じっとそれを見つめる。明るい場所で丁寧に見なければ気付かなかっただろう。
しばらくして、ケヴィンとトビアスが不思議そうにしているのに気付いた。ギルバートは手の平を上向けて台座を見せる。
「え、うわっ! これ魔道具じゃないですか!?」
「ソフィア嬢が持ってたんですよね。普通なら気付きそうですけど」
ソフィアが持っていたのなら、魔道具の起動などできるはずもないとギルバートは思う。まして用途も分からない代物だ。もし魔道具だと分かっていたとしても、起動させようなどとは思わなかっただろう。
「でもこれ、どうやって使うんでしょう。副隊長は、魔道具の回路って読めるんですか?」
魔道具の回路はその用途によって組み方が異なり、大抵は独特の紋様のようになる。それを読み解けばそれが何なのかが分かるのだ。この首飾りは外観で回路が読めるので、分解する必要はないだろう。
「複雑なものでなければ分かる。──このまま解くか」
魔道具の研究をしている部署は別にあるが、依頼して順番を待つよりも、分かるならこの場で解決した方が早い。ギルバートは抽斗から紙の束とペンを取り出し、首飾りを見ながら紋様を書き出していった。
「ふぁー、良く分かりますねぇ。僕には無理です」
ケヴィンがギルバートの手元を見ながら言った。
「解読するだけならそう難しいことではない」
基礎だけならパブリックスクールでも必修だった筈だ。書き写したものを部分毎に抜き出しては、また書き直して組み合わせる。回路の長さを元にいくつかの計算式を並べた。ケヴィンとトビアスはしばらくの間はその作業を観察していたが、やがて意味がないことを悟ったのか、レーニシュ男爵領の地図を広げ始めた。
「待たせた。起動する」
ギルバートが顔を上げて言うと、地図を広げて印を付けていた二人はがばっと上体を起こした。
「本当ですか!?」
「それで、何の魔道具だったんです?」
ギルバートはソフィアに魔力が無くて良かったと初めて思った。もしもこれが魔道具であると知っていて、うっかり起動していたら、きっと傷付いただろう。
「──これは、首飾りの目線で録画ができるもののようだ」
「記録装置ですか!」
起動条件は、手の中で包むことだ。あまりに簡単過ぎて拍子抜けだった。ギルバートが手で包むと、やがてダイヤモンドの奥から光が差し、像を結ぶ。少し手を開くと、何もない空間に映像が浮かび上がった。
何処かの夜会の会場のようだ。細身の男の胸元のアップと共に、華やかに踊っているように背景がくるくると動く。
「……げ。これ酔います、僕」
ケヴィンが情けない声を上げた。トビアスがその背を叩く。
「すぐに落ち着くだろう」
ダンスをしているのなら、すぐに終わる筈だ。それから数分も経たずに動きは収まり、男が横に移動したのか、会場全体が映し出された。あまり大規模な夜会ではないようだ。
「数年前のようですね。ドレスの形が少し前の流行です」
「そうか」
やがて廊下に移動し、何処かの個室に入る。そこにいたのは、今より少し若く見える現レーニシュ男爵夫妻だ。しばらく何かを話しているようだったが、やがて動揺し、怒り始めた。首飾りの方へと拳を振り上げ──それを先程踊っていた相手の男が代わりに受ける。強い力だったろうに、男は少しよろめいただけでそこを動こうとはしなかった。
この首飾りはソフィアの母親である前レーニシュ男爵夫人の遺品だ。ならばこの男は、ソフィアの父親である前男爵だろう。映し出された男は、確かにソフィアと少し似ていた。
また夜会会場に戻り、しばらく会場で社交を繰り返しているようだった。しかしあまり経たない内に二人は会場を抜けて、馬車へと向かった。馬車には御者はおらず、男が探しに行く。首飾りは馬車の周囲を確認する映像を写しているが、何も見つからなかったのか元の位置に戻った。やがて男が御者を連れてくる。気の弱そうな御者は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
馬車に乗り込んだのか、今度は向かいに座る男の姿が映っている。男は真面目な顔で何かを話していたが、途中口を噤み窓の外に顔を向ける。首飾りも視線を追うように窓を映し出した。緩やかな山の中にも関わらず、そこは切り立った崖だった。慌てたように首飾りの映像がぶれる。揺れが強くなっているのか、速度が上がっているのか。扉を掴もうとした手が空を切った。
「えっ、わ、これ──事件当日じゃないですか!」
ギルバートは何も言えなかった。やがてこれまでになく馬車が大きく揺れ、映像が判別できなくなり──深い森の映像のまま動かなくなった。
しばらくして映像が消える。魔道具は魔力が無ければ作動しない。恐らく使用者が事切れたのだろう。この首飾りの使用者はソフィアの母親だ。それを思うと居た堪れない。
「音が無かったですね」
「そうだな。──この首飾りは……耳飾りと指輪が揃いの物だと言っていた」
ギルバートはソフィアの言葉を思い出しながら言う。この首飾りは間違いなく物的な証拠になるだろう。
「その法則だと、恐らく耳飾りが音声ですね。途中の言い争いの内容や、御者の証言も気になります」
「副隊長っ、残りは何処にあるんですか?」
ギルバートはあの夜の星空を思い出す。頼りなげに涙で瞳を潤ませていたソフィアは──小さな罪とも言えない罪を告白していた。
「葬式の日、並べられた形見の品から彼女が隠れて持ち出した物だそうだ。その後気付いたときには、値の付きそうなものは無くなっていたと聞いている。売り払ったのだろうと言っていたが」
「こんな証拠品、売るはずありませんね。何処かに隠してあるのでしょう」
トビアスの言葉に、ギルバートとケヴィンも頷いた。解決への道が一つ開かれたようだった。