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令嬢は黒騎士様と領地に戻る1

 アルベルトは久しぶりに王都のレーニシュ男爵邸を訪ねていた。庭は表の道沿い以外荒れ放題である。当主である男爵はあまり興味がないのか、他に何か理由があるのか。いつも華やかな装いの男爵夫妻のイメージと荒れた庭が結びつかない。首を傾げるが、直接聞く訳にもいかないだろう。以前来たときはどうだっただろうかと考えたが、アルベルトには思い出せなかった。

 ソフィアが社交界デビューをした夜会以来、アルベルトはビアンカに会っていなかった。あの夜フランツ伯爵邸に連れ帰られた後、父親である伯爵に珍しく怒鳴りつけられたのだ。そしてアルベルトは、ギルバートの持つ魔力とその特性を知った。


「レーニシュ男爵夫妻は何をやらかしたのか。詳しくはまだ分からんが、あの様子を見ていればただならぬことだとは分かる。──アルベルト。私はお前とビアンカ嬢の婚約を破棄させるつもりだ」


「何を仰るのです、父上──! ビアンカには関係のないことです。あの優しい子を、どうして見捨てることができましょう!」


 ビアンカは言っていた。アルベルトがソフィアに贈った服が、気に入らないからと捨てられていたと。だから私が拾って使ってもいいかと。眉を下げて悲しそうに微笑む表情は、アルベルトに優しかった。


「ふん。それも事実だか怪しいぞ」


 夜会でソフィアと偶然再会したときの、ビアンカのあの言葉──父はあれが本性だと言うのか。確かにあのときは取り乱していたようだった。それでもそれまでは、アルベルトの前ではいつもしおらしく可愛らしかったのだ。


「ですが私は、ビアンカを愛して──」


「表面だけを見て判断するなと、私はいつも言っていたな。アルベルト、もう一度言う。私は、ビアンカ嬢とお前の婚約を破棄させる。──この家を継げる男はお前だけではないこと……ゆめゆめ忘れるな」


 アルベルトには歳の離れた弟がいた。まだ十歳になったばかりだ。まさか彼を後継に据えようと言うのか。


「父上、何を──」


「お前を教育し直すより、次を育てた方が早いのではないかと言っているのだ。分かったら、さっさとレーニシュ男爵家の者とは縁を切るんだな。全く……ソフィア嬢は上手くやったものだ。今ではフォルスター侯爵の正式な婚約者だ。誰も手は出せまい」


 アルベルトは父のこれほど深い溜息を初めて見た。それはとても大きな衝撃だった。

 そしてそれからしばらくして、アルベルトはようやくビアンカに会いに行く決心をしたのだった。





「──アルベルト様、いらしてくださったのですね……!」


 ビアンカがアルベルトの元へと駆け寄ってくる。会った瞬間から涙を湛えている瞳は潤んでいて、今にも溢れてしまいそうだった。


「ビアンカ、しばらく会いに来れなくてごめんね。あの夜も送ってあげられなくてごめん。夜会の後、どうやって帰ったんだい?」


「歩いて帰るしかないと思いまして……王城を出たのです。ですが家は意外と遠くて、私には無理でした。それで困っていたら、親切な方が馬車に乗せてくださいまして──」


 アルベルトは驚き目を見張った。


「その人の馬車に乗せてもらったのかい? 貴女は、初対面の知らない男の馬車に乗ったのか?」


 どうしても責める口調になってしまう。その人が無事家まで送り届けてくれたから良いものの、万一悪人ならどうするつもりだったのか。確かに男爵邸は貴族街の中でも端の方ではあったが、無謀なことだ。王城に言えば、馬車を用意させることもできた筈だ。


「ではアルベルト様は私に、家まで歩いて帰るべきだと仰るの?」


 ビアンカが小首を傾げて可愛らしく微笑んだ。アルベルトはその仕草に絆されそうになるが、父親であるフランツ伯爵の言葉を思い出し、気を取り直す。


「そうじゃないよ、ビアンカ。何かあっては危ないと言っているんだ」


 宥めるように言うと、ビアンカは嬉しそうに笑った。アルベルトも安心して肩の力を抜く。


「──アルベルト様は、私を心配してくださったのね」


 いまいち伝わっていないような気がしたが、ビアンカが笑っているから良いだろう。アルベルトも笑みを浮かべた。ビアンカがアルベルトの腕を引く。


「ねえ、アルベルト様。久しぶりにお会いできて嬉しいですわ! もっとゆっくりお喋りしましょう?」


 甘い声で腕を引かれ、抗える者などいないだろう。こんなにも可愛い婚約者を、捨てることなどできる筈がない。

 居間に移動し、向かい合ってソファーに座った。紅茶を口に運びながら楽しそうに何気ない会話をするビアンカは、あの夜の姿とは繋がらない。アルベルトはどうしようかとしばらく悩み、口を開いた。


「ソフィアはフォルスター侯爵と正式に婚約したらしいね」


 アルベルトにとって、ソフィアはかつての婚約者だ。自身の手紙には返事をせず、贈り物は捨てられ、会いに行っても顔を出さない。前男爵夫妻が亡くなってから、ソフィアは変わってしまった。幼い頃からの婚約者だった。悩んでいるのなら助けたいと思ったこともあったが、それでもそのような態度をとられてしまっては、その気持ちも萎んで当然だろう。

 それでもビアンカにとっては従姉妹だ。以前、家を出て行って心配していると言っていた。夜会のあの言葉も、きっと再会に驚いて言ってしまったのだろう。──しかし、夜会にいたソフィアは美しかった。


「──そのお話はお止めください、アルベルト様。私、ソフィアのあの言葉……許せませんの」


「ビアンカ?」


 ソフィアが何か失言をしていただろうか。むしろ失言をしたのはビアンカだったと思う。あの場では、アルベルトすら耳を塞いでしまいたくなるような言葉をソフィアにぶつけていたはずだ。


「いえ──従姉妹同士の、くだらないすれ違いですわ。アルベルト様はお気になさらないで」


 ビアンカはふふと微笑んでカップで口元を隠す。彼女は何を思っているのだろう。


「そうか。分かったよ、ビアンカ。もうこの話はしない」


 分かったと口では言いながら、その実、アルベルトは全く理解できていなかった。確かに目の前にいるのはいつもと同じビアンカなのに、この違和感は何なのだろう。ソフィアだってそうだ。夜会で見た儚げな姿は、気に入らないからといって物を捨てるような女には見えなかった。

 アルベルトはしばらくしてレーニシュ男爵邸を辞した。男爵夫妻は出掛けていたらしく、顔を見ることは叶わなかった。もう既に父は話をしているのだろうか。ビアンカの耳に入るのはいつだろう。そのとき自分は、どうするのだろう──今のアルベルトには、答えが見つからなかった。

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