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令嬢は黒騎士様と婚約する11

 その日の夜、ソフィアはギルバートの部屋を訪ねる機会を窺っていた。

 カリーナが侍女になってから、ソフィアはこれまでのように毎晩ギルバートの部屋の浴室を借りることがなくなった。カリーナが入浴時の世話をしたいと希望したからだ。石鹸や香油の違いを丁寧に説明され、熱意を向けられてしまっては、それまでカリーナの体調を心配していたソフィアも頷かざるを得なかった。

 しかし自室で入浴をした日も、ソフィアはギルバートの部屋を訪れている。それはギルバートからの希望でもあり、数少ない二人きりの時間を大切にするためでもあった。


「でも、今日は行き辛いな……」


 ソフィアは自室の扉に手を掛けたまま呟いた。騎士団の応接室での出来事は、いまだ消化し切れていない。向き合うべき現実は、心の重石となっている。きっとしなくてはいけないことは沢山あるのに、何からすべきか分からなかった。更に昼間の自らの行動を思えば、ギルバートの顔をまっすぐに見る自信もない。

 それでもソフィアは、大切にしている小箱をポケットに入れた。自室を与えられてからずっと鍵を掛けた抽斗にしまっていた、ダイヤモンドの首飾りだ。五年前から変わらずに残っている物は殆ど無いはずだ。幼いソフィアが犯した小さな罪の証であり、ソフィアが持つ唯一の親の遺品。男爵家を追い出されたときも、これだけは持って行くことを悩まなかった。

 カリーナは先に休ませている。一人きりの部屋でソフィアは勇気を振り絞り、扉を開けた。


「──ソフィア?」


 そこにいたのはソフィアが今一番会いたくて、それでいて一番会うのが怖かった、ギルバート本人だった。


「ギ……ルバート、様?」


 予想外のことに頭が真っ白になる。ギルバートはいつも部屋にいるときのように寛いだ服を着ており、まさに今扉を叩こうとしていたのか、中途半端に右手を上げていた。手首で白金の腕輪が揺れる。


「──私に、会いに来ようとしていたのか?」


 ゆっくりと下ろされた右手が、そのままソフィアの左手にそっと触れる。混乱した胸の中から、ギルバートへの想いだけが抜き出されたように浮かび上がった。


「はい、遅くなってしまいました。あの……ギルバート様は?」


 ソフィアは、熱くなっていく頬を自覚して思わず目を伏せた。都合の良い言葉を想像して、すぐに打ち消す。


「ソフィアに会いに来た。手前の部屋で構わない。──入って良いか?」


 ぱっと上向いた顔には、きっと分かり易い喜色が滲んでいるだろう。はしたないことだと思いながら、ソフィアは嬉しくて仕方なかった。ギルバートがソフィアの部屋を訪ねてきたのは、これが初めてだ。


「はい……あの、よろしければ」


 予想もしなかった申し出に頷き、ソフィアはギルバートを招き入れた。





「今日はすまなかった」


 ギルバートが短く言い、頭を下げる。ソフィアは慌てて首を左右に振った。ギルバートが謝ることはない。


「謝らないでください。私の方こそ……ごめんなさい」


 ソフィアがいたせいで、話をややこしくしてしまったのではないか。特務部隊だという人達は、ソフィアから話を聞きたがっていたようだった。


「何故ソフィアが謝る? あれはお前は悪くない」


「ですが、私がお話しすれば良いことです」


「それは──!」


 ギルバートが声を僅かに荒げる。身を乗り出して腰を浮かしかけ、すぐに座り直した。ソフィアはその様子に驚いた。ギルバートがこれほど取り乱すことは珍しい。


「……ギルバート様?」


 ソフィアが首を傾げる。ギルバートは少し気まずそうにしながらも、ソフィアを見て真剣な色を瞳に宿した。いつものように重ねていた手が、ぎゅっと強く握られる。


「いや──いいか、ソフィア。あの特務部隊の人間には気を付けてくれ」


「──は、い」


 ギルバートの言葉に疑問を覚えながらも、ソフィアはその真剣さに素直に頷いた。ソフィアにとっては、特務部隊も第二小隊も国と国民の為に働く同じ騎士である。確かに少し怖かったが、悪い人ではないのではないかとも思う。


「関わらずにいれるなら、その方が良い」


 ギルバートがぽつりと言ってソフィアの頭を優しく撫でた。ソフィアはまた分からないことが増え、余計に頭を悩ませることになる。ふわふわとした幸福な感触を感じながら、思考の渦に沈みそうになったソフィアは、しかし悩みの内の一つを思い出し、ポケットから小箱を取り出した。ギルバートがそれを見て、驚いたように手を止める。


「以前お見せしたと思いますが……。これを、ギルバート様にお預けさせてください」


 手の平の上の小箱を、腕を伸ばしてギルバートの前に出す。ギルバートは目を見開いた。


「これは──」


「母の首飾りです。亡くなったときに身に付けていたもので……私の持つ、唯一の遺品です」


 顔を俯けそうになるのを必死で堪えた。レーニシュ男爵家にいた頃、何度も隠れてそれを見て、挫けそうになる心を慰めていたのだ。両親との思い出が消えていく家で、ソフィア自身が持つ唯一の確かなもの。

 どうせ預けるのなら、ギルバートが良い。ソフィア自身が、事件の話を聞いて決めたことだった。


「良いのか?」


 藍色の瞳に内心を透かし見られているような気がする。しかしそれは気のせいで、ギルバートがソフィアの心を見られる筈もなかった。もしも覗かれたとして、今困ることは、精々弱い心がギルバートに伝わってしまうことだろうか。それすら今更のように思う。


「──はい。ギルバート様は、私を領地に連れていってくださると仰いました。私は……それに見合うようにありたいのです」


 強がりでも本心からの言葉だった。ギルバートの手が小箱に触れる。これを人に預けるのは、初めてだ。


「ありがとう、ソフィア。──大切に扱うと約束する」


 その言葉に、ソフィアは少し安心した。大切なものを大切にすると言われて、こんなに暖かい気持ちになるとは思わなかった。


「よろしくお願いします……っ」


 ソフィアはやっと自然に笑うことができた。ギルバートも表情を緩める。それからいつものようにしばらく話をして、ギルバートは自身の部屋へ戻っていった。

 穏やかな時間、ギルバートの手の中で小箱から微かに光が漏れていたことに、まだ二人とも気付いていなかった。

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