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令嬢は黒騎士様と婚約する9

 応接室はテーブルと椅子だけのシンプルな部屋だ。ギルバートの隣の椅子にケヴィンが座り、向かい側にソフィアが座っている。エルヴィンからの手紙を読むための配置でもあったが、隣がソフィアでないことに小さな違和感を覚えた。

 ペーパーナイフが無いので、右手の指先を手紙の縁に沿って動かして切る。魔法騎士でも日常の生活で魔法を使う者はそう多くない。教えて欲しいと後輩に頼まれたこともあったが、微妙な力加減というのは案外難しいらしかった。ケヴィンが物珍しそうに見ているが、ソフィアはもう見慣れているだろう。

 手紙を開き文章に目を通す。その中程を過ぎた辺りで、ギルバートは思わず眉間に皺を寄せた。そこに書かれていたのは、レーニシュ男爵領の現状についてだ。ちらりとソフィアに目を向けると、その瞳は不安そうに揺れている。


「父も王都で情報を集めているそうだ」


 できるだけ短い言葉で言う。今の季節、社交界には様々な地方の貴族が出入りし、情報に事欠くことはない。エルヴィンとクリスティーナは、二人共それが得意だった。今のギルバートにはとても真似できない。ざっと最後まで目を通し、ギルバートは手紙を折り曲げた。


「ギルバート様。あの──私もお聞きして良いお話でしょうか?」


「ああ。いや──」


 ギルバートは返答に困った。むしろエルヴィンは手紙の中で、ソフィアも当事者だと書いている。しかしソフィアがそれらを知って、どう思うだろうか。レーニシュ男爵夫妻を怖れながらも領地への情は深いことを、ギルバートは知っている。そしてソフィアを巻き込んで傷付けたくもないのだ。


「副隊長。男爵領の問題なら、ソフィアさんにも関わることじゃないんですか? どうして何も言わないんです?」


 黙り込んでしまったギルバートの代わりに、横から手紙を読んでいたケヴィンが口を開いた。ソフィアがその言葉に目を見張る。ギルバートは鋭い視線を向けた。


「ケヴィン」


 どうしても低く威嚇するような声になる。その表情と声が他者を萎縮させることは、ギルバート自身もよく知っていた。それでも睨んでしまったのは、それを言えば否応なくソフィアを巻き込むことが分かっていたからだ。事情を知らないケヴィンが気まずそうに目を逸らす。ソフィアが俯いて両手を握り締めていた。

 室内に、時間が止まったかのような沈黙が落ちる。


「──ギルバート様……っ」


 最初にそれを破ったのは、ソフィアのか細い声だった。ギルバートもケヴィンも、咄嗟にソフィアに目を向ける。俯いていたはずの顔は前を向いており、声とは裏腹にその瞳には強い意志が感じられた。


「レーニシュ男爵領に何があったのですか? あそこは私と、私の……私の父と母が愛した場所です。ギルバート様は以前、隠さないと仰ってくださいました。だから……」


 一生懸命にギルバートを見つめる姿は愛らしく、少し力を入れれば折れてしまいそうなのに、その精神はあまりに清らかで強い。


「──どうか私を、巻き込んでくださいっ」


 ぎゅっと瞑った目から、一粒だけ涙が溢れる。それが滑らかな頬を伝い、ゆっくりと消えていった。隣でケヴィンが身動き一つせずに固まっている。ギルバートは立ち上がると、ソフィアのすぐ横へ移動して片膝を突いた。


「ソフィア」


 名前を呼べば、すぐにソフィアはこちらへ顔を向ける。ギルバートはその手を両手で包むように握った。


「私はお前を危険に晒したくない。辛い思いをさせたくない」


「ですが……!」


 この強さはどこから来ているのだろう。魔力もなく、華奢で、誰より儚げなのに。それが元来の性質で、侯爵家で暮らした中で取り戻してきたものだとしたら、心配だが誇らしくもある。

 ソフィアの手を持ち上げ、額を寄せた。想いは言わねば伝わらない。それはギルバートにとってのソフィアだけでなく、ソフィアにとってのギルバートもまたそうであろう。


「お前の意思を尊重しよう、ソフィア。私はお前が心配だ。家にいて事件に関わらずにいてくれた方が安心できる。──だがソフィアの言う通り、お前が領地を大切に思うのならば」


 見上げると、ソフィアは目を丸くしてギルバートをじっと見下ろしていた。ギルバートが緩く微笑めば、ソフィアは頬を染める。


「構わない。全て話そう。私と共に、レーニシュ男爵領に来てもらいたい」


 それはギルバートにとって大きな覚悟だった。いつかハンスに言われた、隠すだけではない守り方。その方法が分かっている訳ではない。自分はソフィアの前で正しく在れているだろうか。ギルバートは今も正解を探している。


「はい……っ」


 ソフィアは不安を堪えていたのか、瞳を潤ませ始める。その深緑色が揺れ、ギルバートは立ち上がった。零れる前に左右の涙を指先で掬い上げる。ふと思いついてその指先を舐めてみると、塩辛くどこか懐かしい味がした。


「ギルバート様……あの──」


 ソフィアが顔を真っ赤にしている。驚いたせいか、涙はそれ以上零れてこない。抱き締めてしまいたい衝動を抑えながら、柔らかそうな白い頬にそっと手を伸ばした。


「あ、あのー。邪魔するつもりは無いんです! 本当無いんですけど、そろそろ僕が辛いです!」


 応接室に響いた声に、ギルバートははたと手を止めた。ケヴィンがソフィアと同じくらいに顔を赤くして慌てている。ギルバートはすぐに本題を思い出し、気まずさを誤魔化すように踵を返して椅子に戻った。

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