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令嬢は黒騎士様と婚約する5

「貴女がソフィアちゃんね?」


 クリスティーナがぐっと顔を近付けてきた。距離を詰められると、迫力がある分少し怖い。


「あ、あの」


「ソフィアちゃんよね!?」


 更に顔を寄せられ、ソフィアは目を白黒させた。口付けでもできそうな距離だ。慌てて一歩引いてから口を開く。


「はい。私がソフィアでございます……っ」


 何か言われたり、怒られたりするだろうか。ソフィアには、まだ初対面の人との距離感がよく分からない。カリーナは二人に会ったことがあるのだろう、微笑みを崩さないまま控えている。ソフィアは感心した。今の自身は、どうしても動揺を隠すことができない。


「──貴方っ、ギルバートがやったわよ! ついにこんなに可愛い子を……!」


 ソフィアは次の瞬間、クリスティーナの腕の中にいた。華やかな女の人らしい匂いがして、顔が熱くなる。抱き締められているのだと認識した頃、先代フォルスター侯爵であるギルバートの父──エルヴィンがゆったりと口を開いた。


「いや、あいつは結婚しないだろうと思っていたよ。良かったね、ティーナ」


「本当よ! しかもあの子、女の趣味も悪くないわ!」


 クリスティーナが抱き締めていた腕を外し、ソフィアの肩を掴んだ。美しい笑顔で、頭の先から足の先までまじまじと観察するように見つめられる。ソフィアは目のやり場が分からないでいた。良い人そう、ではある。


「ああ。驚かせてごめんね、ソフィアさん。ギルバートが、結婚したい女性がいると言うものだから嬉しくて。すぐに会いに来てしまったよ」


「──せめて連絡をお入れくださいと、いつも申し上げておりますよね、大旦那様」


 にこにこと話すエルヴィンに口を挟んだのはハンスだった。執事頭としては、当然の抗議だろう。エルヴィンはステッキで床を二回叩き、くつくつと笑った。


「今回は、ちゃんと手紙も出したよ。そろそろ届くのではないか?」


 まさに話の途中で、玄関からメイドが駆け足で手紙を持ってきた。ハンスが受け取り、その場で文面を確認し小さく嘆息する。


「可能でしたら、次からは手紙より後に来てくださいませ」


「善処しよう」


 エルヴィンもまた、随分愉快な性格のようだ。予想していたよりも明るい二人に、ソフィアは安心した。振り回されてはいるが、怒られたりすることはなさそうだ。ソフィアのことも好意的に受け止めてくれているようだった。


「──ねえ、ソフィアちゃん。色々聞かせてくれる? お話できるのを楽しみにしていたのよ!」


 淡い紫色の瞳を輝かせるクリスティーナが、ソフィアの手を引いて邸の奥へと歩き出した。ソフィアには、されるがままついて行くことしかできない。


「えっ? あの、私……」


「どうせギルバートが帰ってきたら怒られるんだもの。それまで良いじゃない」


 怒られると分かってやっているのか。確かにギルバートの引き攣った表情が予想できる。

 着いた先はソフィアも何度か入ったことがある応接間だった。すぐに向かい合ってソファーに座らされ、惚けている間にパーラーメイドによって紅茶が用意される。


「急にごめんなさいね。でも、ギルバートはきっとこのまま独り身でいるのだと思っていたから、やっぱり親としては嬉しいのよ。ほら、あの子ちょっと変わった力があるじゃない? 昔から怖がられることも多かったから、ちょーっとだけ歪んじゃって」


 クリスティーナは一気に話して、それまでの勢いが嘘のように優雅に紅茶を口に運んだ。その所作が少しギルバートに似ていて、そんなところでも親子であると分かる。そもそも年齢不詳の迫力美女であるというだけでも、ギルバートの母親だと否応なく認識させられるのだが。


「い、いえ。あの、ギルバート様はとてもお優しいです……」


 恥ずかしくて少し目を伏せる。少なくともソフィアには、ギルバートはいつも優しく紳士的で、歪んでいるなどと思うことはなかった。クリスティーナはふわりと微笑みを浮かべる。


「ふふ、それはね。ギルバートもきっと好きな子の前では格好をつけたいのよ。──じゃあ、本題に入りましょうか。ソフィアちゃん、貴女に聞きたいことがあるの」


 やはり何か目的があって二人きりにさせられたのだろうか。クリスティーナはギルバートの母親だ。ソフィアは何を聞かれても嘘を吐かないようにしたいと、覚悟を決めてぎゅっと手を握った。





「まあぁ! それでどうしたの?」


 クリスティーナが興味深げに手を組み、表情をころころと変えている。ソフィアは恥ずかしくて赤くなる頬を手で押さえながら、控えめに抗議の声を上げた。


「あの、まだ話すのでしょうか……」


「あら。ここからが良いところじゃない!」


 いつの間にか紅茶が注ぎ足されている。どれくらいこうしているだろう。窓の外は少しずつ暗くなってきていた。ギルバートが帰ってくるまで、まだかかるだろう。


「それで、そのハンカチはギルバートに渡したのよね。ふふ、あの子ったら、絶対それ、ずっと持ち歩いてるわよ。小さい頃から、お気に入りは肌身離さずだもの!」


 クリスティーナがソフィアに聞いてきたのは、ギルバートとの馴れ初めだった。出会いから始まり、デートで行った場所や、プロポーズの言葉。カリーナにしか話したことのないそれらを、より深く、根掘り葉掘りと聞かれたのだ。ソフィアの魔力に話が及んでも何でもないことのように興味を向けず、本当にひたすら恥ずかしいことばかり話をさせられている。あまり詳しく話すのはギルバートに悪いだろう。どこまで話せば良いか探りながら、ソフィアは必死だった。


「──母上、何をしているのです」


 入口の方から聞こえてきた声に、ソフィアははっと振り向いた。自然と頬が緩む。


「ギルバート様っ!」

 

 そこにいたのは、帰ってきてほしいと願っていたギルバートだった。いつもの帰宅時間より随分と早い。


「あら、ギルバート。早かったのね」


「貴女方がいらしたと聞いて帰ってきたんです。あまりソフィアをいじめないでもらえますか」


 無駄のない動きで歩いてきたギルバートが、ソフィアの隣で立ち止まる。心配してくれているのだろうか。眉を下げ、ソフィアの表情を窺っているようだ。


「おかえりなさいませ。──私は大丈夫です。あの、帰ってきてくださって、ありがとうございます……っ」


 上手く笑えていただろうか。心からの安堵に肩の力が抜ける。ギルバートはソフィアからクリスティーナへと視線を動かした。


「本当よ、いじめたりなんてしていないわ? ただ色々とお話を聞いていただけ。ねえ、ギルバート。ソフィアちゃんのこと、随分と可愛がっているらしいじゃない!」


 だってこんなに愛らしいものね、分かるわ、と言葉を続けるクリスティーナに、ギルバートは眉間に皺を寄せた。

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