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令嬢は黒騎士様と婚約する4

 翌朝、ソフィアは少し早く目が覚めた。天蓋を避けて寝台から出ると、部屋は適度に暖められている。暖房は魔道具だ。きっとカリーナがスイッチを入れてくれたのだろうと、ソフィアは早起きな友人に感謝した。


「おはよう、ソフィア。やだ、まだ何にも準備してないわよ」


 ぱたぱたと足音を鳴らしながら、カリーナがソフィアの元へやってきた。起きるまでにしておくよう言われていることがあるのだろうか。急かしてしまったようで申し訳なく思う。


「おはよう。──ねえ、カリーナ。少し話があるの」


「なによ、ソフィアったら急に。良いわよ、何?」


 互いに寝室に立ったままの中途半端な状態だ。それでも今しかないと思う。ソフィアは覚悟を決めて口を開いた。


「私ね、魔力が無いの」


 カリーナがこれからもソフィアの側にいてくれるのなら、隠してはいられないだろう。まして今日はこれからソフィアの以前使っていた部屋に行こうとしているのだ。魔道具の代わりに旧道具が並んでいる部屋には、誰も入れたことがない。誰かに言われて知られるくらいなら、自分で伝えたかった。


「……え?」


「魔力が無いの。これまで黙っていて、ごめんなさい」


 同じような人がどれだけいるのだろう。世間に認知されていないということは、殆どいないのだろう。カリーナに隠していたのは、言い辛かったからだけではない。知られて、離れられるのが怖かった。信じられない話だと、疑われるのも怖かった。だから二人で出掛けるのも断って、仲良くなっても部屋には入れなかった。

 カリーナは目を見開いて、ソフィアの顔をじっと見ている。何かを探るような目だ。


「そんなこと……信じられない、って言いたいけど。でもそう考えると、全部納得できるわ。ソフィアがギルバート様を怖がらなかったこととか、仕事が旧道具の掃除とか。──それに、ソフィアは嘘を吐いてないもの」


「カリーナ……」


 ソフィアはその言葉に安心し、肩の力を抜いた。対してカリーナはじとっとした目でソフィアを見てくる。


「だけど、これまでよく黙ってたわね。誰が知ってるの?」


「えっと、ギルバート様と、ハンスさんと、メイド長」


「それだけ!? 貴女、今日までよくやってこれたわねぇ。色々不自由じゃない? お風呂とか……あっ!」


 カリーナは何かに気付いたように声を上げた。僅かに頬が染まっているところから思うに、きっとギルバートの部屋に毎晩行っていた理由に思い当たったのだろう。その場所ならば魔道具はないことを、カリーナは知っている。


「うん、ごめんね」


 思わず目を伏せる。しかしカリーナは構わないとばかりにソフィアの肩を優しく叩いた。


「別に今更そんなこと知ったって、ソフィアのことを嫌いになるはずないわ。気にし過ぎよ。──それより、早く準備しちゃうわよ。今日は忙しくなるんでしょう?」


 荷物を動かすと聞いていたのだろう。カリーナはからりと笑っている。関係が変わっても秘密を明かしても、変わらずにいてくれることが嬉しくて、気恥ずかしい。ソフィアは頷いて、身支度を始めた。





 荷物を運び終えて一週間も経てば、ソフィアもすっかり新しい部屋での生活に慣れていた。午前中に家庭教師から礼儀作法と学問を、午後にハンスからフォルスター侯爵家についての知識を教わっている。

 ソフィアは知らなかったが、フォルスター侯爵家は国の東部に広い領地を持っていて、更にそれ以外にも過去の功績や婚姻等で得た領地が飛び地のようにあるらしい。土地が多ければその分学ぶことも多い。ソフィアは、ハンスから渡された特産の葡萄酒について書かれた本をじっと睨むように読んでいた。


「ソフィア、そろそろ休憩したら? もう一時間以上、その格好から動いてないわよ」


 カリーナが冗談めかした声をかけてくる。ソフィアは本を伏せ、両手を組んでぐっと伸ばした。声をかけてくれて助かった。すっかり身体が固まってしまっている。ぎゅっと目を瞑れば、目尻が小さく震えた。


「うん。ありがとう」


「じゃあ紅茶淹れるわね」


 その言葉にソフィアは頷いた。右手の指を二本立てて、カリーナに笑いかける。カップを二杯用意してもらう合図だ。


「ねえ、一緒に飲まない?」


「あ、いいわね。ちょっとお喋りしましょ」


 カリーナは嬉しそうに頷いて、すぐに紅茶の用意に取り掛かった。ソフィアは椅子から立ち上がり、窓の外を見る。葉を落とした木々が、しんしんと降る雪にさらされていた。北風が吹いていて寒そうだ。それでも折れない枝が、強い根と幹に支えられている。もう少しすれば、積もった雪が木々に白い花を咲かせるだろう。


「ソフィア、お待たせ!」


 そのままなんとなく外を見ていたソフィアは、カリーナに呼ばれて振り返った。ティーテーブルには二つのティーカップとポットが置かれている。更に中央には小さな焼菓子もあった。


「ありがとう。焼菓子も?」


「うん。料理長がソフィアに持ってけってさ」


 二人向かい合って椅子に座り、紅茶を口に運ぶ。たわいのないお喋りが楽しくて、あっという間に焼菓子は無くなり、紅茶は二杯目になっていた。そろそろ勉強に戻らないといけないだろうか。ソフィアがそう思った頃、外から複数の馬の蹄の音が聞こえた。しばらくして急に階下が騒がしくなる。部屋にまでその音は届いた。


「──どうしたのかしら?」


「まだギルバート様が帰ってくる時間ではないはずだけど……」


 ソフィアはカリーナと顔を見合わせ、首を傾げる。ただの来客に侯爵家の使用人が調子を崩すこともないだろう。


「様子を見てくるわね」


 カリーナが部屋を出て行ったが、すぐに駆け足で戻ってくる。ソフィアはその慌てた様子に驚いて、動きを止めた。


「ソフィア、すぐに着替えて! 大旦那様と大奥様がいらっしゃったわ!」


 今ソフィアが着ているのは、男爵家から持ってきたシンプルなワンピースだ。カリーナがどんなに飾ろうとしても、元の着数が無ければどうにもならない。それでも誰にも会わないからと、納得させて着ていたものだ。


「大旦那様と大奥様……?」


 つまりギルバートの両親だ。騎士職で王都から離れられないギルバートの代わりに、領地経営をしていると聞いていた。今は東部の領地で暮らしていたはずだ。手紙を出したことは聞いていたが、訪ねてくるとは聞いていない。


「とりあえずこれ着て。髪はそのままで大丈夫だから!」


「う、うん」


 カリーナに急かされるがままに、ソフィアは着替えて軽く化粧をした。服は以前ギルバートから貰った星空模様のワンピースだ。緊張で鼓動が早くなっているのが分かる。何を言われるだろうかと、不安で仕方なかった。まして今は、ギルバートが不在なのだ。


「──ソフィアさん、サルーンにきて頂けますか?」


 支度が終わってすぐ、タイミングを見計らったかのようにハンスが扉越しに声をかけてきた。


「はい、すぐに参ります……っ!」


 ソフィアは慌ただしく部屋を出る。カリーナが少し後ろをついてきてくれたことが心強かった。

 階段を下りると、そこは騒めきの中心だ。シンプルだが上質なワンピースドレスに身を包んだ銀髪の迫力ある美女と、優しげな面立ちの上品な紳士が、複数の使用人を連れている。その背後では、玄関からいくつもの箱が運び込まれているようだ。

 ソフィアは急いだせいで僅かに乱れた衣服を整え、姿勢を正した。


「大旦那様、大奥様。彼女がソフィアさんです」


 ハンスの声に応えて、できるだけ優雅に見えるように一礼する。視線が刺さるようで落ち着かないが、ぐっと堪えて微笑みを浮かべた。


「──ソフィア・レーニシュと申します。お世話になっております」


 緊張しながらも顔を上げて、順に目を合わせていく。表情が強張らないようにするのに必死だった。ギルバートと同じ髪色の美女──先代フォルスター侯爵夫人であるクリスティーナが、ソフィアでは転んでしまいそうな細いヒールをかつかつと鳴らして近付いてくる。何を言われるだろうかと身構えたソフィアは、次の瞬間、爛々と輝く瞳を向けられ、その見た目に反してがっと両手を掴まれた。

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