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令嬢は黒騎士様と婚約する1

 カーテン越しに差し込む日光が心地良い。真冬のはずなのに部屋は暖かく、微睡みは幸福だ。雲の上にいるような柔らかな寝具に包まれているのが分かる。夢の中で眠っているのかと思いながらもゆっくりと目を開け──そこに広がる光景に、ソフィアははっと起き上がった。


「──ここって」


 ベッドには薄布の天蓋が付いていて、カーテン越しの光を更に柔らかくしている。寝台もいつも使っているものの倍ほどの大きさがあった。


「おはよう、ソフィア。起きた?」


 聞き慣れた声がして、慌てて乱れていた夜着を整える。


「カリーナ、おはよう。ここは?」


 カリーナが天蓋を開いてそれぞれの柱に括り付けていく。にこにこと笑っているが、何か良いことでもあったのだろうか。


「やだ、ソフィア。ここは昨日使ってた客間よ。帰ってきた後ここで寝たの、忘れちゃった?」


 カリーナが当然のように言う。ソフィアはゆっくりと昨日のことを思い出した。夜会で叔父母や従姉妹のビアンカと会い──ギルバートの求婚に応じた。


「え、本当に?」


 確かにカリーナとメイド長に着替えと湯浴みを手伝ってもらった。そのまま今夜は客間を使って良いと言われて、すぐに眠ってしまったのだ。


「──すっかり寝坊しちゃったみたい」


 カリーナが面白そうに笑う。ソフィアはどうして良いか分からないまま、カリーナの次の言葉を待った。


「今朝、ハンスさんからソフィアがギルバート様と婚約するって知らされたの。お陰で邸中大騒ぎよ」


 まだ正式には婚約していないはずだが。夜会の場でギルバートが口にしたからには、きっともう貴族間では周知の事実になっているだろう。使用人に知らせない訳にはいかないのも頷ける。ソフィアは顔を青くした。


「あ、大騒ぎって、もちろん祝福の意味よ。──まあ、私はソフィアの侍女にしてくれるらしいから、一緒に頑張りましょう」


 寝起きの頭には多過ぎるほどの情報にソフィアはぱちぱちと瞬きをした。しかし、一番気になるのは。


「ねえ、今日の私とカリーナの仕事は?」


「ソフィアの仕事は掃除の人が分担してすることになったから心配しないで。私は今日からこれが仕事よ」


 カリーナが盥に洗顔用の湯を入れて持ってくる。これまでに侍女など付けられた経験のないソフィアは、驚き目を見張った。


「え、自分でやる……!」


「何言ってるの。私の仕事が無くなるじゃない」


 呆れた顔をされ、ソフィアは眉を下げた。そう言われてしまっては、どうして良いか分からない。まずはカリーナの言葉に従うことにする。


「後でハンスさんが来るから、ぱぱっと準備しちゃうわよ」


 少し安心した。ハンスが来るのなら、きっと詳しい話が聞けるだろう。


「うん、分かった」


「でも、私は嬉しいわ。侍女になるのが夢だったのよ。それがソフィアだなんて、もっと素敵じゃない!」


 カリーナが満面の笑みを浮かべる。ソフィアは、カリーナがそう言ってくれることが嬉しかった。一使用人でしかなかった自身がギルバートと婚約をすることが、フォルスター侯爵家の人達から受け入れられるのか、不安だったのだ。





「ソフィアさん、よろしいですか?」


「はい!」


 ソフィアが身支度を整えてしばらくした頃、ノックの音と共にハンスの声がした。ソフィアは慌てて立ち上がる。しかし扉を開ける前に、返事を聞いたハンスが部屋の中へと入ってきた。


「──ソフィアさんは返事をして頂くだけで良いのですよ」


 視線を泳がせるソフィアに、ハンスが苦笑した。


「そういう訳には……」


 ハンスはソフィアの上司だ。ソフィアが動くのが当然だろうと思った。ハンスは何枚かの書類を持っていて、ソフィアを部屋にあるテーブルへと導いた。それぞれ向かい合って椅子に座る。


「まずはソフィアさん。ギルバート様の求婚を受けてくださり、ありがとうございます」


 ハンスが深く頭を下げる。ソフィアは慌てて両手を振った。礼を言われるようなことはしていない。


「私、ハンスさんに仲が良い振りって言われてたのに──申し訳ございません」


「いえ、それは予定通りと言いますか……」


 ハンスが僅かにソフィアから目を逸らした。


「何ですか?」


「いいえ、ソフィアさんは気にしなくて良いことです。──それより、これからのことですが」


 机の上に何枚かの書類が並べられていく。それはソフィアがメイドとして働く前にサインをしたものだ。まだほんの数ヶ月しか経っていないが、随分と前のことのように思える。


「ソフィアさんには、侯爵夫人として相応しい教養と作法を身に付けて頂くことになります。あわせて、婚約に伴う手続きと結婚の準備もして頂かねばなりません。──大変だと思いますが、私共も全力でサポート致します」


 朗らかに言われ、ソフィアは困惑する。


「──私で良いのでしょうか。皆だって、もっと素敵なご令嬢の方が良かったと思ったり……」


「そんなことはありません。むしろソフィアさんだからこそ、私は嬉しいです。それはきっと、皆も同じでしょう」


 視界の端で、カリーナが何度も頭を上下に振っていた。ソフィアは表情を緩める。ハンスがかけてくれた言葉が、ゆっくりと心に染み込んでいく。気をしっかり持たないと、涙が溢れてしまいそうだ。


「ありがとうございます……」


「詳しい話はギルバート様が帰ってから直接お話しますが、まずは雇用契約を解除してしまいましょう。あと、昨日までの分の給料もお渡ししますね」


 ソフィアはハンスに渡されたペンを手に、指示されるがままに署名を入れていった。ひと通り書き終えると、給料の入った封筒を渡される。


「──お疲れ様でした。昨日の疲れもあるでしょうし、今日はここでゆっくり過ごしてください。食事もこちらに運ばせます」


「お気遣い、ありがとうございます。それと、あの──これから、よろしくお願いします……っ!」


 ソフィアが立ち上がって勢いよく頭を下げると、ハンスは珍しく声を上げて笑った。ギルバートが帰ったら伝えると言って部屋を出ていく。

 昨日から様々なことがありすぎて、ソフィアはまだ混乱していた。しかしギルバートとこれからを歩んでいくと決めたことを、後悔はしない。そう心に決め、両手をぎゅっと握った。

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