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令嬢は黒騎士様に近付きたい4

「──ソフィア・レーニシュ嬢!」


 コールマンの声は良く通り、会場全体に響く。名前を呼ばれて視線が集まるのを感じながら、ソフィアはギルバートの腕から手を離した。ほんの数歩の距離に、国王と王妃がいる。その緊張感は、初めて体験するものだ。ソフィアは背筋を伸ばして前に進んだ。貴族令嬢らしく、精一杯優雅に深く礼をする。


「貴女がソフィアちゃん?」


 かけられた声は予想よりずっと優しくて、ソフィアはゆっくりと顔を上げた。そこにいたのは、歳を重ねて美しさが劣るどころか凄みを増している、この国の王妃だ。


「……はい」


 思わずぽかんと見惚れてしまったソフィアは、慌てて微笑みの表情を作った。家庭教師に教わった、困ったときの笑顔だ。王妃はそれを見て眉を下げる。


「あら、警戒されちゃったみたいだわ。ねぇ、貴方」


「君が驚かせるからだろう。──ソフィア嬢、安心すると良い。私達は、貴女の成長を祝い、応援しよう」


 優しくも威厳のある国王の声に、ソフィアは改めて背筋を伸ばす。


「ありがとうございます」


 視線を下げ、また礼をした。王妃の手元には箱が置かれていて、そこには季節もばらばらの様々な白い花が入れられている。王妃はその中から、一輪を選んで立ち上がった。


「貴女にはこの花を。まずは貴女が貴女自身を信じて。──そして、侯爵が貴女を信じることができますように」


 王妃は一瞬ソフィアの背後のギルバートを見たようだった。知られていたのか。選ばれた白い花は、ソフィアの髪の結び目に綺麗に差し込まれる。


「頑張ってね」


 その言葉にソフィアは頬が染まるのを感じた。初めて会ったこの国の王妃は、とても素敵な人だと、確信を持って言える。そして国王もまた、優しく立派な人だった。──これが、ギルバートが守っている国なのだ。


「──はい。頑張ります……っ」


 泣いてしまいそうなほど胸がいっぱいで、ソフィアはぐっと奥歯を噛み締めた。作法に則って、深く礼をして下がる。すぐに、ギルバートがソフィアの手を取り支えてくれた。


「どうした? ソフィア、何かあったか?」


「いえ、ただ──素敵な方々だと思いまして」


 ソフィアの髪に飾られたのはアスターの花だ。それまで白い小花だけで少し寂しかった髪が、今は華やかに見える。白く細かい花びらと、中心の鮮やかな黄色。花言葉に因んだ言葉は、ソフィアの胸に強く響いた。


「そうか。……殿下にも挨拶に行かねば」


 ギルバートは深く聞くことはなく、そのままソフィアの手を引いた。今日は社交界デビューのある夜会のため、国王と王妃の席とマティアス達の席は少し離れている。ソフィアはちらちらと向けられる視線を意図的に無視しながら、ギルバートに寄り添った。


「殿下には一度お会いしているな。今日は妃殿下もいる。お前に会いたがっていた」


 ギルバートの予想もしない話に、ソフィアは目を丸くする。


「妃殿下が、でございますか?」


「ああ。殿下が色々と話しているらしい。……あの二人は相変わらず仲が良い」


 何かあったのか、溜息混じりの言葉が少しおかしくて、ソフィアはくすりと笑った。ちょうどマティアスとエミーリアの席のすぐ前に来た。マティアスとギルバートの目が合い、マティアスの方がソフィア達が礼をとるより先に口を開いた。


「ギルバート、来たね。ソフィア嬢も久しぶりだ──」


「──ソフィア!」


 慌てて頭を下げようとしたその瞬間、ソフィアを呼び止めたのは、聞き覚えのある声だった。上品な夜会の雰囲気の中、あまりに不似合いな足音がばたばたと近付いてくる。ソフィアは反射的に身体を強張らせてギルバートを見上げた。繋いでいた手がソフィアを支えるようにぎゅっと強く握られ、僅かに身体を引かれて庇われる。


「ソフィア! お前は……一体何をしているんだ!?」


 恰幅の良い中年の男──ソフィアの叔父であるレーニシュ男爵が、周囲など見ていないとばかりにまっすぐにソフィアに向かってきた。隣には見慣れた細面のレーニシュ男爵夫人であるソフィアの叔母がいる。


「全く、貴女はこんなところにどうやって──」


 怒りのままに顔を真っ赤にしているレーニシュ男爵と異なり、夫人はソフィアの隣にいるギルバートに気付いて言葉を切った。ソフィアは、ギルバートに庇われている場所から一歩前に出る。怖い。何度も向けられた冷たい言葉の刃と心の傷が、振るわれた暴力の記憶が、嫌でも蘇ってくる。それでも負けたくなかった。ギルバートの隣にいる今は、どうしても俯きたくない。ソフィアは何度も練習した微笑みの仮面を貼り付けて、震える足を気付かれないように叱咤し、優雅に礼をする。声が揺れてしまわないよう、ギルバートの手を握り返した。


「──ご機嫌よう、叔父様、叔母様。お久しぶりでございます」


「全くよろしくないわ! 何故ここにいるのかと聞いている!」


 激昂しているのか、レーニシュ男爵は夫人の制止も振り切る勢いだ。冷静になってこっそり周囲を窺うと、冷ややかな目が向けられているのが分かる。ソフィアはできるだけゆっくりと口を開いた。


「色々と縁がありまして、この方に助けて頂いたのです」


「この方だと?」


 そこでレーニシュ男爵は初めてギルバートに気付いたようだった。明らかに身なりの良いギルバートに、慌てた様子で嘘臭い笑みを浮かべている。ソフィアが見上げると、ギルバートは不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。


「ギルバート・フォルスターだ。貴殿も名前くらい知っているだろう」


「──まぁ! フォルスターって、フォルスター侯爵家の?」


 レーニシュ男爵夫人が急に甘ったるい声で口を挟んだ。フォルスター侯爵家を知らない貴族などいないだろう。古くから続く名家だ。当主は特殊な強い魔力を持つ魔法騎士としても有名だ。しかしまだ年若いギルバートがその噂の当主であるとは思ってもいないようで、権力に弱い二人はすっかりソフィアからギルバートに視線を移し、擦り寄る態度に変わった。


「彼女とは偶然知り合った。親族がいると知りながら挨拶に伺わなかった非礼、お詫びしよう」


 小さく頭を下げたギルバートに、ソフィアは驚いて目を見張った。


「いえ。私共こそ……実の娘のように大切にしていたのですよ。お世話になっていると存じておりましたら、こちらからご挨拶に伺いましたのに──」


 思ってもいないであろう言葉を口にする男爵に、ソフィアは何も言えなかった。ギルバートが自然な仕草で右手を差し出す。当然のように、レーニシュ男爵がすぐにそれを握って返した。ソフィアはギルバートが何をしようとしているのか気付き、咄嗟に声を出さないよう口を引き結んだ。

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