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令嬢は黒騎士様に近付きたい2

 それから二週間、ソフィアはメイドとしての仕事と夜会の準備に追われることになった。基本の礼儀作法はできても、貴族令嬢らしく振る舞うことに慣れていない。ダンスのステップは分かるものの、姿勢や目線、そしてエスコートされるときの仕草は付け焼き刃で身に付けるしかない。いつもより仕事を早く終え、その分の時間を勉強に充てる日々だった。

 忙しい毎日を頑張ることができたのは、ギルバートのためだという思いがあったからだ。心配そうにソフィアの顔色を窺うギルバートにも、何度も励まされた。

 そして、夜会まで残り数日となった日、ソフィアはカリーナと共にメイド長に呼ばれていた。


「──ソフィア。夜会の支度ですが、カリーナにも手伝わせます。私の補佐として勉強してもらいましょう。良いですね、カリーナ」


 メイド長はいつもの厳しい声だったが、その表情は穏やかだった。カリーナはぱっと顔を輝かせて両手を胸の前で組んだ。


「ありがとうございます!」


 嬉しそうなカリーナに反して、ソフィアは夜会の支度をメイド長にしてもらうことを畏れ多く感じた。メイド長になる前は、先代侯爵夫人の侍女もしていた人である。しかしハンスの言葉を思い出して、否定の言葉をぐっと飲み込んだ。


「ありがとうございます、メイド長。あの……よろしくお願いしますっ」


 深々と頭を下げる。メイド長は苦笑してソフィアに頭を上げるように促した。


「──いえ、私こそ嬉しいことです。今日までよく頑張りました。残りの日はゆっくりと休んで、夜会に備えましょう」


 珍しくメイド長がソフィアにかける言葉が優しい。しばらくの間、確かに良く眠れていなかった。見抜かれていたことが居た堪れず、思わず俯く。しかし二週間で身に付けたことを思い出して、ソフィアはすぐに顔を上げて微笑んだ。


「はい。お気遣いありがとうございます」


 背筋は伸ばして、目は話す相手をまっすぐに見ること。微笑みを忘れず、はっきりと言い切る話し方をすること。手の行き場が無いときは前で組み合わせること。染み込むほどしつこく繰り返された言葉が、頭の裏側で響く。


「ソフィア、すごいわよ。なんかこう、仕草が……ご令嬢って感じ」


「そうですね。付け焼き刃にしては良くできています」


 自分でないようで恥ずかしいが、褒められることは素直に嬉しい。ギルバートの隣に立つために、少しは近付けただろうか。


「頑張ります」


 夜会が迫って、ソフィアは緊張していた。毎日仕事と勉強に追われて、眠っていても夢で見るほどだったのだ。二人の言葉に安心して息を吐くと、夜会への恐怖心が少し和らいだような気がした。





 夜会当日、ソフィアは昼からカリーナの手伝いで入浴をし、髪に香油を丁寧に塗られていた。ベルガモットの爽やかで甘い柑橘と花のような香りが、ソフィアの心を軽くする。


「この香り、なんだか安心する」


 呟くと、カリーナが悪戯に口角を上げた。ソフィアは何故そんな顔をするのか分からず、首を傾げる。


「ハンスさんから聞いたけど。──ベルガモットの香油は、ギルバート様の香水にも使ってるらしいわよ」


 ギルバートの香水は、侯爵邸で調合していたのか。納得しつつも、自身の発言に恥ずかしくなった。つまりソフィアは、ギルバートの香りに安心したのか。勝手に頬が赤く染まっていくのが分かる。


「ソフィア。気持ちは分かりますが、今は落ち着いてください。化粧の色味が分からなくなります」


「申し訳ございませんっ」


 メイド長の冷静な声に、ソフィアははっと口を引き結んだ。カリーナも気を引き締める。


「──ですが、もう少しリラックスして大丈夫ですよ」


 暖かい声音にほっと息をする。カリーナと目が合い、くすくすと笑い合った。やがて化粧が仕上がり、メイド長はカリーナの手を借りながら、ソフィアの髪を巻き始めた。


「ソフィアさんの髪は長くて綺麗ですね」


「そっ……そうでしょうか?」


 レーニシュ男爵家にいた頃は、ビアンカの艶やかな金髪と比較して落ち込んでいた髪だ。当時手入れもできずにくすんでいたソフィアの薄茶色の髪は、今はさらさらと室内の光を反射して輝いている。メイド長はその髪を複雑に編み込みながら、ハーフアップに纏めていった。カリーナが白い小花を差し出すと、メイド長はそれを受け取り、バランスを見ながらソフィアの髪に挿していく。

 鏡の中に映る自分は、まるで自分ではないようだった。そこにいる清楚で可憐な貴族令嬢の姿に、ソフィアはどこか気が引けた。

 少しずつ暗くなっていく窓の外が、時間の経過を教えている。


「ええ、とても素敵ですよ。さぁ、着替えましょう」


 ソフィアは完成したドレスをまだ見ていなかった。採寸のときには布はなく、どのようなものになるのか全く分からなかったのだ。実はハンスが気を遣って見せないようにしていたのだが、ソフィアはそれを知らない。


「──メイド長、持ってきました!」


 クローゼットから、カリーナがぱたぱたと布の塊を抱えて早足で歩いてくる。それを見て、ソフィアは息を飲んだ。


「あの、これって──」


「ギルバート様がお選びになったものですよ」


 それは胸元が淡い水色で、裾にかけて萌黄色へとグラデーションになっているプリンセスラインのドレスだった。艶やかなシルクの素材で、腰にシフォンのリボンがあしらわれている。ところどころに白い花を模した飾りが付けられているのが愛らしい。

 メイド長とカリーナにそれを着せ付けられ、ソフィアは身動きが取れなかった。


「そんな、これ、汚したらどうしましょう……!」


「似合ってるわよ、大丈夫でしょ」


 カリーナが少し呆れたように笑う。メイド長は満足そうに頷いていた。


「──あとはこれですね」


 鏡台に置いていたベルベット張りの箱をメイド長が手に取り、ソフィアの目の前で開けた。中に入っていたのは、ギルバートの瞳にも良く似た藍晶石の耳飾りと首飾りだ。


「綺麗な色です……」


 誰に言うでもなくぽつりと呟くと、メイド長とカリーナが微笑んだ。それまでの緊張や不安が、その石の輝きの中に消えていく。きっと高価であろうそれが、何故か心の支えのように感じた。


「──ソフィア、安心して。すごく綺麗だから」


 カリーナがソフィアの背中を押す。サルーンでは、先に準備の済んでいるギルバートが待っているはずだった。

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