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令嬢は黒騎士様のことが知りたい9

 食堂にやってきたギルバートは部屋の端に控えていたソフィアに小さく頷き、カトラリーの置いてある席に座った。ソフィアはすぐに厨房へと向かう。


「ギルバート様がいらっしゃいました。お食事お願いしますっ」


 準備室から厨房に声をかけると、中にいた料理人達がそれぞれの皿の仕上げを始めた。朝や昼は別の使用人が給仕をしているので、ソフィアがこれを見るのは初めてだ。料理長が怒号にも近い声で指示を飛ばしており、戦場と言っても過言ではない。大きな声に思わず肩をびくつかせる。


「──あれ、今日はお嬢ちゃんなの?」


 カウンター越しにひょいと顔を出したのは、まさに今まで怒号を飛ばしていた料理長だ。大きな声に反射的に怯えてしまっていたソフィアは、身体を縮めて頷いた。


「は、はい……っ」


「ごめんごめん、怯えないで。もう準備できるからね」


 何度か見かけていた料理長だが、直接話したことはなかった。まるで先程までとは別人のようににこにこと話され、肩の力が抜ける。


「ありがとうございます」


 準備室の端に置いてある料理用のワゴンをカウンターに寄せる。食事のとき用の茶器を揃えて、ワゴンに乗せた。


「おいっ! もう良いか!?」


「はい……!」


 響いた声に飛び上がって返事をするが、厨房の中での話だったようだ。ソフィアが中を窺うと料理長が料理の仕上がりを確認していた。咄嗟に返事をしてしまったことが少し恥ずかしい。それからすぐに、いくつかの皿がカウンターに並べられた。


「よろしくね、お疲れさま」


 一緒に渡された小さなメモ書きには、その日のメニューが書かれている。説明するのに使えという意味だろう。ソフィアは皿をワゴンに乗せて頭を下げる。最後に水の入ったポットを受け取り、茶器の横に置いた。


「ありがとうございますっ」


「良いから、早く届けてあげて」


 その声に押されるように、ソフィアはワゴンを押して廊下へと出た。





 食事の名前はそれぞれ複雑で、イメージのようにさらりと言うことはできなかった。帰宅したときよりもいくらか雰囲気が柔らかくなったギルバートが、笑わずに聞いてくれたことが救いだった。


「家の料理は美味いと思うが、料理長の付ける名前は長い」


 フォークでサラダを口に運びながら、ギルバートがぽつりと言った。食堂にはギルバートとソフィアの二人きりだ。他に誰もいないのにメイドとして働いているのはこれが初めてで、話しかけられたことに戸惑った。どうしていいか分からず視線を彷徨わせる。ギルバートの言葉は、ソフィアを励まそうとして言ってくれたのだろう。


「ええと、その……」


 確かに長いと思うが、ソフィアの立場から素直に同意することは憚られた。ちなみに今ギルバートが食べているサラダは、『トマトとハーブのサラダ、オーロラマヨネーズソース、ナッツを纏った一口エビのフライを添えて』という名前だった。


「──どうせ私とお前しかいない」


 その言葉にソフィアはほっと肩の力を抜き、少しテーブルに寄った。離れていては会話がし辛い。


「はい。あの……長いと思いました」


 おずおずと言うと、ギルバートは喉の奥でくつくつと笑った。解れた空気が呼吸を楽にする。


「ソフィアは今日は夜食があるんだったか」


「そうなんです! ……実は、楽しみにしていたんです」


 普段の使用人用の食事は料理人達が作っているらしいが、夜食は料理長が作るらしい。それは料理人の修行のためだとも聞いていた。


「そうか。──急がなくていいから、後で話がある」


 食事の手を止めたギルバートがソフィアを見る。藍色の瞳が揺らいでいるのが珍しいと思った。何故か心がざわざわする。


「何かございましたでしょうか?」


 不安になり聞き返すと、ギルバートは首を左右に振った。


「いや、後でいい」


 それだけ言って食事を再開する。一人で食べているだけあって、ギルバートの食事は速かった。しばらくして、ソフィアは食後の紅茶を準備しようとワゴンに向かう。


「あ……」


 思わず声が漏れた。ティーポットとカップには問題がない。茶葉も適量が既に入れられており、迷うことはない。


「──どうした?」


 問題は水の入ったポットだ。これは魔道具で、触れることで水を温めるものだった。ソフィアには扱えない。心配そうにこちらを窺っているギルバートに、紅茶を淹れることもできないのが情けない。しかしこの場でそれを口にすると、きっとギルバートに湯を沸かしてもらうことになるだろう。使用人として働いている今、それはいけないような気がして、一歩足を引く。


「あの、なんでもありません……」


 厨房に戻ればスイッチを入れてくれるだろうか。しかし何故それすらできないのかと怪しまれたりするだろうか。ソフィアに魔力が無いのを知っているのは、ギルバート以外にはハンスとメイド長だけだ。どうしようかと考えを巡らせ、俯いた。


「──素直に言えばいい」


 かつかつと音がして、ソフィアははっと顔を上げた。残りの食事を終えたギルバートが、立ち上がってソフィアの前に歩いてくる。


「ギルバート様、そんな──」


 思わず声を上げた。しかしギルバートは構わない様子で、すぐ側で立ち止まりワゴンの上を見た。


「これか」


 ギルバートが右手でポットのスイッチに触れた。少しして温度が上がってきたのか、白い蒸気が浮かんでくる。ソフィアはいたたまれなくて目を伏せた。


「……申し訳ございません」


 頭上で聞こえた溜息が、ソフィアの心を沈ませる。


「いや、良いんだ。そうではない。ただ──お前はもっと私を頼って良い」


 かけられた言葉は予想よりもずっと優しかった。しかし素直に頷けないソフィアは、両手をぎゅっと握り締める。ギルバートは一度ソフィアの髪に触れ、椅子へと戻っていった。


「ありがとうございます。……すぐにお淹れします」


 紅茶の淹れ方は知っていた。適温になった湯をポットに入れ、砂時計の砂が落ちるのを待ってカップに注ぐ。ふわりと華やかな花のような香りがした。その香りが、落ち込んだ気持ちを慰めてくれる。

 テーブルに置いたそれを口にした瞬間の、ギルバートの僅かに緩んだ表情が嬉しかった。

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