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令嬢は黒騎士様のことが知りたい6

「煩い……」


 怯えに震えた声だが、男の目の色が変わったのをギルバートは見逃さなかった。感情を揺らさないよう、じっと男を見据える。


「何だ?」


「──煩いと言ったんだ。俺の気持ちがお前なんかに分かってたまるか!」


 突然激昂した男は、自由な足でだんと床を踏み鳴らした。ギルバートは表情を変えないままに手首を掴んでいた手を外し、静かに男の向かい側に座る。


「──そうだな、聞こう。お前のことはお前自身で語るべきだ」


 男はその言葉をきっかけに、何かの箍が外れたかのように饒舌になった。男が話す内容の真偽は、先程の内に既に把握している。嘘や誤魔化しがあった場面だけ口を挟めば、充分な証言が手に入る。速記をしている隊員は背を向け手を動かしながら、愉快そうに声を出さずに笑っていた。

 一度口を割らせてしまえば、協力者の貴族の名前も潜入の目的も、情報は簡単に引き出せた。これまで無言を貫いていたことが嘘のような呆気なさだ。元々貴族の家の息子のようだった。訓練など何も受けていないのだろう。次に攻めるときに有益な情報を探すという曖昧な目的にも、エラトスの第二王子の底が知れる。すぐに何かを仕掛けてくることはなさそうだと、ギルバートは内心で安堵した。


「潜入に協力したのはバーダー伯か」


「ああ、そうさ。あのじじい、エラトスでの厚遇を約束したら簡単に靡いてくれたぜ」


 バーダー伯爵家は、南部地域に領地がある貴族の一人だ。息子が違法な商品取引に関わって逮捕されたのは記憶に新しい。それまで地味に無難な領政を敷いてきた分その不祥事は衝撃的で、国内貴族に広まるのも早かった。エラトスにもその情報が伝わっていても不思議はない。先に読んだ資料の中にも、バーダー伯爵は容疑者として名前が挙がっていた。エラトスでのやり直しを目論んだのだろうが、外患誘致は重罪だ。愚かすぎる行動にギルバートも呆れるしかない。

 そろそろ良いかと速記をしている隊員に視線を送ると、そうと気付かれぬ程度の頷きが返ってきた。ギルバートは立ち上がり、男の側に歩み寄る。身体を引いた男に構わず、再度手首を掴んだ。


「な、なんだよ……」


「最後にお前がエラトスに流した情報を見せてもらう」


 それは男の罪状には直接関係のないことだ。国防のために把握すべき情報のため、必ずしも証言である必要はない。後でギルバートが報告書に書けば済むことだった。

 男は内務にいたらしいが、あまり深部まで食い込んでいた訳ではなかったようだ。得られる情報も精々年間予算や個人の情報ばかりで、国政そのものに関わるものではない。だが、個人の情報は場合によっては大きな影響を与えることもある。ギルバートは注意深くひとつひとつを精査し、記憶に刻みつけていった。個人の弱味になり得るものこそ、早急に対処する必要がある。

 男は魔道具で書状をエラトスへと飛ばしていたらしく、その書状の文章を映像の中で読んでいくことは容易かった。人が何かを書いているときの感情は、書状に向いているためだ。


「──お前……」


 ギルバートは得られた情報の中からある一つに目を止め、男を見下ろした。自然と鋭くなる視線に、少し余裕を取り戻してきていた男はまたも顔を青くして震えている。ギルバートには、今自分がどれほど恐ろしい表情をしているのか分からない。しかし一度荒れてしまった心の波は、簡単に収まってはくれなかった。

 それは見ようによってはあまり問題のない文章だった。フォルスター侯爵は猫を溺愛している、とだけ書かれている。文章中の猫の文字に丸が書かれており、そこには疑問を示す記号が付けられていた。確かに最近噂になっていたし、魔法騎士であり侯爵でもあるギルバートを知らない者は王城にはいないだろう。普通なら何の問題もないそれは、ギルバートにとっては重大な情報だった。前線に立つこともあり、エラトスとの先の戦でも『黒騎士』としてその名を知られているギルバートの、弱味。疑問を示す記号が何を意味しているのか、行き着く答えに眉間の皺は深くなる。


「あの子のことを、どこまで知っている」


 問いかける声は、低く地を這うような音になった。ギルバートの意思に関係なく、右手首の白金の細い腕輪が僅かに光る。脳内に流れ込んでくる映像には、男がギルバートについて調べている姿が映し出された。本当に猫か怪しいものだ、と言ったのは、ギルバートの知らないどこかの若い貴族子息のようだった。


「ひっ、ひひ……っ」


 恐怖が突き抜けたのか、男は気味の悪い笑い声を上げた。ギルバートは現状にはたと気付いて手を離す。途端に男はがたがたと音を立てて椅子から転げ落ち、ギルバートから距離を取るように背後の石壁まで下がっていった。しかし不気味な笑い声はいまだに続いている。速記をしていた隊員が、手を止めて何事かと振り向いた。


「──もう良いだろう、情報は充分だ」


 ギルバートは男に背を向け、取調室の扉に手を掛けた。突然の展開に戸惑っている隊員に構わず、ノブを捻る。


「可愛い可愛い子猫ちゃん。お前みたいな化け物に愛されるなんて、可哀想になーあ!」


 追いかけてきた声が、ギルバートの鼓膜を揺らした。ざらりとした感触が心を撫でていく。それは負け惜しみであり、男なりの精一杯の反抗でもあったのだろう。

 ソフィアはフォルスター侯爵邸にいるのだ。エラトスの人間と関わることなどなく、現状害される可能性はほとんどないと言える。そもそも猫ではないと確実に知っている人間は、王城内にはマティアスを含めてこの国の王族しかいないはずだ。

 ギルバートは無言のまま取調室を出た。廊下にいた特務部隊の隊員に報告書を後で提出する旨を伝え、北の建物から外へと向かう。





 外はすっかり暗くなっていた。既に訓練は終わっており、鍛錬場にも第二小隊の執務室にも、誰も残っていない。


「──っ」


 ギルバートは怒りに任せ、自身の執務机に強く拳を叩きつけた。鋭い音が無人の執務室に響く。鈍い痛みが手から腕へと伝わり、昂ぶった感情を少し落ち着かせた。

 自身の問題にソフィアを巻き込まないようにと、まさに今日マティアスに話をしたばかりだ。既に巻き込んでいたとは知らず、悠長なことを言っていたと後悔する。ただでさえ苦労の多かった彼女の幸せを守ると、誓ったはずだった。両手を机に付いて俯くと、目の端がぴりりと痛んだ。


「ソフィア……」


 小さな声で名前を呟く。ギルバートはその音に混じる自身の感情に身震いした。何度も否定してきた認めてはいけないそれを、ぐっと押し込めるように両手を握る。少しでも早く侯爵邸に帰るべきだと思い直し、椅子に座り使い慣れたペンを手に取った。

 報告内容は多いが、書き始めれば止まることはない。一時間程度で書き上げ、鍵付きのケースに入れた。急ぎ足で特務部隊の執務室へと向かい、報告書を提出する。仕事を終えたギルバートは、焦る心のままに馬を走らせた。それでもフォルスター侯爵邸へと帰宅できたのは、いつもよりかなり遅い時間だった。

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