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令嬢は黒騎士様に拾われる3

 子供の頃に両親に買ってもらってから、ずっと大事に持っていた小さな魔石は、きっと後数回しか使えないだろうと、ソフィアは溜息を吐く。少しずつ空が赤から紺へと変わっていこうとしていた。


「──もう夜になるから、何処か眠る場所を探さないと」


 ソフィアは歩き続けて疲れた足で立ち上がった。宿に泊まるお金がないソフィアは、今夜は野宿を覚悟していた。しかし人が多い場所での若い女性の野宿は危険だということは、世間知らずなソフィアでも分かる。

 ソフィアは王城の裏から商業地区の端まで伸びている森を目指すことにした。王家で管理している森は、奥まで入らなければ危険な獣が出ないよう、結界が張られているらしい。勝手に入るのは心が痛むが、背に腹は代えられない。小道から出ると、少しでも人に紛れるように歩いた。トランクは小さくともソフィアの手には重かった。重さによろけてぶつかりそうになるのを踏み留まりながらも、どうにか森に辿り着いた時には、すっかり日が暮れていた。





「お邪魔します……」


 ソフィアは誰もいない暗闇に向かって挨拶をして、森の中へと足を踏み入れた。王家で管理されている森は、商業地区側からの道はない。草が生い茂った木々の間を抜けるしかなかった。葉が柔らかな肌とワンピースの生地を小さく切り裂いていく。梟の鳴き声が静寂に響いた。


 それでもしばらく進むと、少し開けた場所に出た。近くから小さな水音も聞こえる。暗闇に慣れてきた目で水音の元を探すと、岩の間から細く流れ出ている湧水を見つけた。ソフィアはトランクを置き、足元に気を付けながら近付いてまじまじと見る。洗った両手に水を溜め少し舐めると、それは澄んだ水のようだった。


「美味しい──」


 水も食べ物も持たずに歩き続けてきた今のソフィアにとっては、ただの水でも嬉しかった。水を手に溜めては、何度も口に運ぶ。渇いた喉が潤うと、忘れていた痛みが戻ってきた。手足には小さな切り傷がたくさんあり、酷い靴擦れで踵は血塗れだった。ソフィアは靴を脱ぐと、手足の傷口を洗うように水で流す。痛みを堪えてハンカチでそれを拭った瞬間、ソフィアはその場にぺたりと座り込んだ。


 魔道具を使えないこの身体で、保護者もいないまま、仕事が見つかるとはとても思えない。魔石を使ったとしても、これが壊れてしまった後に買い直すことは資金的に不可能だ。

 虐げられてきたレーニシュ男爵家での暮らしでさえ、今のソフィアにとっては恵まれたものだったのだと、今更になって思った。まして、アルベルトは会う度ソフィアに優しく紳士的であったのだ。たとえ作り物であっても、そこに恋情がなくても、ソフィアにとっては唯一の救いだった。


「──どうして」


 両親が死んでしまったこと、叔父母が男爵位を継いだこと、ソフィアが屋敷の隅に追いやられたこと、アンティークの家具が最新の魔道具に変わっていったこと、叔父に殴られたこと、ビアンカと比べられ蔑まれたこと、アルベルトからの婚約破棄、そして追い出され行く場のない今──小さなソフィアの身体で抱えきれない程の理不尽が、一気に現実として突き付けられたようだった。感じないようにしていた心の傷は、見ない振りをしていたことで膿を溜めていた。誰もいないこの森なら、泣いても構わない。ソフィアは草叢の中で身体を丸め、しゃくり上げた。瞳からはぽろぽろと涙が落ちてくる。泣いているせいで身体は熱く、草叢は意外と温かく、秋の寒さを感じなかった。





 泣き疲れて眠ってしまったようだ。ソフィアは腫れた瞼を持ち上げ目を開いた。朝日が痛いくらいに突き刺さってくる。寝過ぎてしまったのだろうか。人の話し声が聞こえる気がする。身体を起こすと節々が軋み、今が現実だとソフィアに示しているようだった。


「──おい、お前は何者かと聞いているんだが」


 耳にすっと入ってきた低く良く響く男の声に、ソフィアは一気に意識を現実に引き戻した。気付けば見知らぬ男に剣を喉元に突き付けられている。


「──ひ……っ」


「さっさと質問に答えろ」


 顔を上げると、そこには厳しい表情で黒い騎士服を纏った男がいた。朝日に透けて銀髪が輝き、深い藍色の瞳がソフィアの様子を窺っている。美しい顔で凄まれると迫力がある。少しでも動けば剣に触れてしまいそうな距離に、ソフィアは呼吸すらままならなかった。


「こらこら、ギルバート。初対面でレディに剣を向けるものではないよ」


 少し離れたところから、窘める声が聞こえた。ソフィアはそちらに顔を向けようとして──すぐに剣によって阻まれた。


「しかし、殿下」


「いいから。ほら、怖がっているよ。剣をしまうんだ、ギルバート」


 ソフィアに剣を向けていた男──ギルバートは剣を鞘に収め、その藍色の瞳でソフィアを見つめた。剣など無くても、ギルバートはソフィアなど簡単にどうにでもできてしまうのだろう。


「──それで、お前は何者だ」


 向けられた問いに、ソフィアはおずおずと口を開いた。


「ソフィア・レーニシュと申します。──勝手に森に入りましたご無礼、心から……お詫び申し上げます」

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