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令嬢は黒騎士様のことが知りたい5

 調子の良い若い隊員を相手にするのはやりがいがある。稽古の間にも成長していく彼等を見ていると、自身に足りないものを突き付けられているような気もする。ギルバートは攻撃補助魔法の強さを確認しながら剣を振るった。


「今日は調子が良いな」


「ありがとうございますっ」


 重なった剣を持つ右手の力を緩めないまま口角を上げる。左手はもう一人を牽制するように魔法を使い、防御壁を構成した。それを越えて飛び掛かろうとする隊員から距離を取るために一度大きく剣を振るう。切っ先を向けられ、咄嗟に距離を取った隊員は体勢を変えてまたギルバートへと向かってきた。

 第二小隊の訓練では、ギルバートは魔法を使っていた。それは隊員達の対魔法騎士の戦闘のための訓練でもあり、またギルバート自身の訓練のためでもある。今日の二人はなかなか骨がある。特にその内の一人は、二ヶ月程前の合同訓練で準決勝まで進んだ隊員だった。嬉しそうに剣を構える相手に、ギルバートも気分が上がる。


「──ギルバート、客だ!」


 まさに今から打ち合おうと再度距離を詰めた瞬間、アーベルの鋭い声がそれを止めた。もう慣れたことであったギルバートは、それまで向き合っていた隊員二人に背を向け剣を鞘に収める。隊員達は拍子抜けしたようにその場に立ち竦んでいた。


「隊長、客とは誰でしょうか」


 ハンカチを取り出し、汗を拭う。訓練中の客が良い知らせを持ってくることはほとんどない。眉間に皺を寄せて歩み寄ると、アーベルもまた不機嫌そうに嘆息した。


「特務部隊の連中だ。またお前に頼み事だとよ」


 特務部隊は国王直属で、国家の安定のための活動を主な任務としている。ギルバートに呼び出しがかかるときは、何らかの事件の取調べが主な依頼内容であることが多かった。

 ギルバートが近衛騎士団に入団する際、その魔力の強さと特性から特務部隊に勧誘された。しかしギルバートは、当時から交流のあったマティアスに付いて働く第二小隊を選んだ。特務部隊の誘いを断ることは異例で、彼等の自尊心を無意識のうちに傷付けたらしい。以来第二小隊に当たりの強い特務部隊を隊員達が良く思っていないことを、ギルバートは知っていた。


「──分かりました。隊長、こっちの訓練の続きもお願いします」


「分かったよ。遅くなるだろうし、今日は終わったら直帰して構わないからな!」


「ありがとうございます、お疲れ様です」


 挨拶をして鍛錬場の入口へと向かうと、特務部隊の隊員が二人立っていた。二人はギルバートを確認して頭を下げる。


「フォルスター侯爵殿、お呼び立てして申し訳ございません。ご協力お願いします」


 向けられた無機質な声に、ギルバートは無言のまま頷いた。





 王城の敷地内には北に裁判所があり、その地下には拘置所がある。取調べは地下の取調室で行われる。手前の会議室で、ギルバートは事件についての説明を聞くこととなった。


「王城の内務にエラトスの潜入者がおり、確保しました。しかし、度重なる取調べにも口を割ることがなく──」


 説明していた特務部隊の隊員は、居心地悪そうに視線を下げた。エラトスとは、この国の南に隣接する国だ。血の気が多く、最近も国境線上での争いがあったばかりだ。


「──エラトスか。知りたいのは何でしょうか」


 口を割らない罪人を取り調べ、捜査を進めることがギルバートに課された役割だ。特務部隊は国王直属、たとえ貴族であれ断ることなどできない。まして魔力の揺らぎを読むことができるのは、この国ではギルバートだけだった。


「目的と協力者を。数週間にわたって潜入していたようですので、高位の協力者がいる可能性があります」


 差し出された資料に目を通す。そこには今回の逮捕までの経緯と、これまでの取調べで得られた情報が書かれていた。ほとんど口を割ってはいないようだ。


「分かりました」


 数ページの資料を読み終え、ギルバートは右手の指を眉間に当てた。久しぶりの依頼だ。意識を集中させ、雑念を払う。意図的に感情を遠くに置いた。

 速記を行う隊員の後に続いて取調室に入る。潜入者だという男は、捕らえられているにもかかわらず不遜な態度で椅子に座っていた。


「何だ、俺は話すつもりなど──」


 顔を上げた男と目が合う。男はギルバートの姿を見て目を見開いた。分かり易く顔を青くする姿に、ギルバートは挑発的な笑みを貼り付ける。


「私を知っているのか。話が早い」


 ギルバートはつかつかと男に近付き、有無を言わせず手錠の掛けられている手首を掴んだ。


「──ひっ」


 男が視線を彷徨わせる。ギルバートの能力を知っている者は多いが、その詳細を知る者は一部に限られている。ただ心を読まれると噂を聞いて、何となく恐れている者も多い。それもこのときばかりは好都合だった。速記をする隊員がペンを持ったことを視界の隅で確認し、流れ込んでくる映像と音声を選別するように口を開く。


「お前は誰に命じられてこの国に来た?」


 男は力一杯に首を左右に振った。しかし意識の流れは正直で、脳内には煌びやかな部屋と、跪く男と、もう一人──身なりの良い男が映し出される。身なりの良い男は調子の良い言葉を並べ立てており、男はそれに高揚していた。ギルバートはその男の姿に見覚えがあった。確信を持ち、低く絞った声で告げる。


「第二王子か。前に会ったことがある」


「そんな……」


 男の口から呟きが漏れる。それまで無言を貫いていた男の変化に、速記をしていた男の口角が上がった。


「だが可哀想に。捨て駒にされたか」


 大事な腹心なら単身で敵の王城に潜入するような無茶はさせないだろう。映像の中の跪き方は騎士や兵士のものではなく、エラトスでは貴族が王族に対してするものだった。体格から見ても、大して強い者ではないように思われる。


「止めてくれ──」


 人間は自分の内心を晒すことを恐れるものだ。感情を殺して向き合っているギルバートにとって男のことなどどうでも良いが、本人にとっては重要なことだろう。それが肉体に与えられる拷問などより余程耐え難いことを、ギルバートは知識として知っている。


「自分から話す気になったか?」


 そもそもギルバートが見たものは証拠にすることはできないのだ。男はそれを知らないが、本人の確かな証言が必要だった。


「それは──」


 こうしている間にも、次々と男の情報が流れ込んでくる。最初に特務部隊に言われた目的と協力者の情報も既に見ていたが、それは口にはしなかった。今浮かんでいるのは家族だろうか。


「私は偽証はしないが、お前の記憶は嘘を吐かない。兄へのコンプレックスが引き金か? 随分とお粗末だな」


 男の顔色が変わった。そこに浮かんでいるのはより決定的な怯えの色で──ギルバートは手首を握る力を強めた。

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