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令嬢は黒騎士様のことを知りたい4

「ギルバート、その後ソフィア嬢とはどうなんだい?」


 ソフィアと出掛けた日から数日が経った頃、いつも通り二人きりの王太子執務室で、ギルバートはマティアスに問いかけられた。それは何気ない様子でありながら、好奇心が透けて見えるような態度だ。ギルバートは小さく嘆息した。


「先日、彼女を守る権利をもらいました」


 あのときのソフィアは困惑していた。少し急いてしまったかと、ギルバートは後悔していた。マティアスは目を見張って、書き物をしていた手を止めた。


「──それは、何か約束をしたということかな?」


 マティアスにしては慎重で間の抜けた質問だと思った。しかしそれも当然のことだろう。ギルバート自身、矛盾している自覚はある。


「はい。側にいる代わりに守ると誓いました」


「ギルバート……それは何故かな?」


 あの夜ソフィアに言ったことを思い返す。自分でも詭弁だと感じていたそれに頷いてくれた彼女は、どこまでギルバートを理解しているのだろうか。


「話していると安らぎますし、彼女が来てから仕事の効率も上がっていますので」


 成長していく姿を側で見ていたい、辛いことがあるのなら守りたいとも思っていたが、敢えて口にはしない。それでも、きっとギルバートの内心などすっかりお見通しだろう。マティアスは左手で執務机に頬杖をつき、視線を下げて深く嘆息した。


「──最近噂になっているが、君は随分と飼い猫に夢中だそうじゃないか。なんでもその猫、薄茶色の毛に深緑色の瞳だとか」


 ギルバートはその話の出所を思い、眉間に皺を寄せた。以前第二小隊の執務室で話した内容だ。あれ以来、関わりのなかった上官や他部署の人間から猫自慢をされて困っていた。その度ソフィアの話をして誤魔化しているが、余計に噂は大きくなっているらしい。


「そうですね」


「可愛過ぎて閉じ込めてしまいたいとか、触っているのが好きだとか──君はいつの間に猫を飼ったのかな?」


 睨むような表情のマティアスと目が合った。全て分かった上で言っている相手に、ギルバートが敵うはずがない。諦めて素直に口を開く。


「──誤魔化しておりましたら、予想以上に広まってしまいました」


「猫を溺愛しているとの話だが──相手が女性になるとその感情がどんな名前になるのか、分からない訳でもあるまい」


 半ば呆れているような口振りのマティアスに、反論しかけたが直前で口を噤んだ。事実、今のギルバートは答えを持っていない。ソフィアのためにもその感情を口にする訳にはいかなかった。


「恐れ入ります」


 無難な返答をすると、マティアスはつまらなそうに唇を引き結んだ。ギルバートは僅かな罪悪感に視線を逸らす。


「ギルバート。君は──いや、何でもない」


 その口調は何か確信を持っているようにも感じるが、言葉をぼかしてくれたマティアスに感謝した。


「私は、私の事情に彼女を巻き込むつもりはありません」


 それは決意だった。ギルバート自身、今更幸福など望んでいなかった。どんなに可愛く大切にしたいと思っても、独占してはいけない。願わくば、ソフィアが彼女らしく穏やかで優しい幸せを手にすることができるように。これから広がっていく彼女の世界の中で、そのときまで一番側で守る権利をもらえただけで充分だ。


「ギルバート、私はね。君ももっと多くを望んで良いと思っているんだよ」


「──勿体ないお言葉です、殿下」


 ギルバートが魔力と立場と共に背負った業は、容易くあの可愛らしい少女を傷付けてしまうだろう。共に背負わせるつもりなど、始めからない。

 扉が叩かれ、同じ第二小隊の隊員が入室してきた。護衛の交代の時間だろう。ギルバートは一礼して王太子執務室を出た。





 思いも寄らずマティアスに核心を突かれ、ギルバートは眉間に皺を寄せたまま廊下を歩く。途中ですれ違う人々は、その表情を見て無言のまま通り過ぎていく。機嫌の良し悪しを仕事に持ち込むつもりはなかったが、声をかけられたくない時には仏頂面も便利だ。

 途中で護衛用の真剣を模造剣に持ち替え、第二小隊が訓練中の鍛錬場へと向かう。護衛以外にも様々な仕事があるが、鍛錬場が使える日は、部下の指導がギルバートの主な業務だ。


「──ギルバート、お疲れ。なんだ、殿下に何か言われたか?」


 鍛錬場に着くと、先に身体を解していたアーベルがギルバートに声をかけた。まだ顔に出ていただろうか。ギルバートは一度目を閉じ、気持ちを整える。


「お疲れ様です、隊長。何でもありません。それより、訓練の状況は」


「ああ。今日は各組で動かせているが──彼奴等の調子が良さそうだ。後で二対一で稽古してやってくれ」


 アーベルの示した先を見ると、まだ若い隊員二人が一対一で模造剣を合わせていた。先日より大分精度が上がっているようで、確かに調子が良さそうだ。


「──何かあったのでしょうか」


 首を傾げたギルバートに、アーベルが小さく嘆息した。


「最近、隊の雰囲気が前より良くなったからだろ。萎縮させてた原因のお前が、随分柔らかくなったからな。若い奴等は特に空気の変化に影響され易い」


「私ですか?」


 別に萎縮させていたつもりはない。


「いつも言ってたじゃねえか。侯爵で魔法騎士ってだけで圧力あるんだから、隊員には柔軟になれって。俺はお前が努力してそうしているのかと感心してたんだが──自覚なかったのか?」


「自覚、は──」


 自覚は確かにあった。家に帰れば自分を受け入れてくれ、守るべき存在がいる。ひとときだが立場も仕事も忘れることができていた。その余裕が凝り固まった心を柔らかくしていたのだろうと、ギルバートは自答する。笑顔を思い出せば、先程までの顔の強張りが取れたようだった。


「お前は猫を飼って正解だったな」


 アーベルはがははと豪快に笑い、ギルバートの背を叩く。咄嗟に何も言えないギルバートは隊員達の動きを目で追った。あと少しすればギルバートとアーベルがそれぞれ訓練に入ることになる。部下それぞれの戦闘の癖を確認するように一人ずつ注目して観察していれば、アーベルはそれ以上何も言わなかった。

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