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令嬢は黒騎士様のことが知りたい2

「私に魔力がないことは、親戚は皆知っていました。……男爵邸の外ではきっと生きていけない私をそのまま置いてくれるだけでも、ありがたいことだと思いました」


 ソフィアは当時を思い出した。男爵家とはいえあまり裕福とは言えず、いつも領地と領民のためにと飛び回っていた両親。ソフィアのために揃えてくれた男爵邸のアンティーク調度が高価なものと知ったのは、二人がいなくなった後だった。


「同い年の従姉妹のビアンカとは、あまり話したことはありませんでした。私とは違い、明るく物怖じしない子だったように思います」


 ソフィアの右手はギルバートの左手の下だ。視界いっぱいの夜空の星の中で迷子にならないように繋ぎとめていてくれるような気がした。少しずつ話し辛くなっていく。左手でワンピースのスカート部分に触れた。


「──最初におかしいと思ったのは、魔道具が増えていたことに気付いたときでした。アンティーク調度が減って、私は余計に自分の部屋を出られなくなりました」


 一人では明かりも点けられず、水道から水を飲むこともできない。使用人は侯爵家ほど多くなく最低限で、侍女もいなかった。食事は叔父達と一緒にとることができたが、それ以外は全てが不自由だった。見つからないよう料理人に水差しいっぱいの水を貰って、部屋で少しずつ飲むことも当然の生活だった。今思えば嫌がらせでも何でもなく、きっとソフィアの事情など気にしていなかっただけなのだろう。


「その頃から少しずつ、叔父達が私に向ける目が変わっていったように思います。彼らにとって私は家族ではなく、邪魔な存在でした。きっとどうにかして追い出したかったのでしょう。──ですが私には、結婚を約束した相手がいました。家格が上の、伯爵家の嫡男で……傲っていなかったと言えば嘘になります」


 家の金を使い込んでいく叔父母と、我儘に育った従姉妹。伯爵家との繋がりを持つソフィアが追い出されることはないだろうと、高を括っていた。きっとそれも間違いだったのだろう。日常的に繰り返される言葉の暴力にソフィアは萎縮し、より閉じ籠るように部屋から出なくなった。


「私は彼を愛していませんでした。それが滲み出てしまっていたのかもしれません。手紙のやり取りが減っていき、そのうち会いに来てくれることも無くなりました。……私が家にいられなくなった日、彼は私との婚約を破棄して、代わりにビアンカと婚約したんです」


 ギルバートの左手が、ソフィアの右手を握る。重なっていただけのときと比べて強い力で掴まれているような気がする。少し引き攣れた皮膚が、ぴりぴりと刺激を受けた。心臓が煩い。

 懺悔するような気持ちのソフィアは、ギルバートの方を向くことができなかった。上向いた視界に映るはずの綺麗な星空が、もう滲んで見えない。


「……私に居場所はありませんでした。何も持って行くなと言われましたが……トランクと、両親から貰った小さな魔石と……この小箱を隠し持って、家を出ました」


 ソフィアは左手で小箱を取り出した。それはずっとポケットに入れていたもので、部屋をもらってからは鍵の付いた抽斗にしまっていた。


「──その箱は?」


 それまでずっと黙っていたギルバートが、ソフィアに問いかけた。ソフィアはやっとギルバートを見て──湧き上がる悲しみを堪えて微笑みを浮かべた。まだ滲んでいる視界と、頬を伝う涙の感覚に、上手く笑えている自信はない。ギルバートの眉間に皺が寄った。


「きっと叔父様と叔母様は……ビアンカも、必死で探していると思います。これ以外は売り払われてしまいましたから」


 ソフィアは小箱を手のひらに乗せ、ギルバートの前に差し出した。ギルバートは右手でその箱の金具を外して、蓋を開く。


「──首飾りか?」


 それは大きなダイヤモンドが一粒だけあしらわれた首飾りだった。おそらく男爵家にある宝飾品の中で一番高価なものだろう。


「父が母に贈ったものだそうです。母が亡くなった日に身に付けていたもので……揃いの耳飾りと指輪もあったのですが、それはきっと売られてしまっていると思います」


 馬車の事故が起きたのは、夜会の帰りだったらしい。この首飾りをソフィアが手にすることができたのは、奇跡のようなことだった。両親の葬式の日、並べられた形見の品から見つからないように内緒でそっと持ち出した。本当はいけないことだと分かっていたが、その後気付いたときには、値の付きそうなものは無くなっていた。今ではそうして良かったと思っている。


「そうか」


 ギルバートの声は静かで、夜の雰囲気に馴染んでいた。ソフィアは全て話しきったことで肩の力が抜けて、深い溜息を吐く。最後の涙がぽろりと零れ落ちた。


「──私の話はこれで全てです、ギルバート様。もう隠しごとはありません」


 きっとギルバートも予想はしていただろうとソフィアは思う。森で男爵家とはいえ貴族令嬢が野宿をしている場面に出会っているのだ。ここ数年のレーニシュ男爵領の領民の貧困は噂になっていてもおかしくないし、少し調べればおおよそのことは分かるだろう。

 ギルバートは困ったように眉を下げ、ソフィアの瞳をじっと見つめていた。夜の闇の中ではほとんど黒に見える瞳はどこか底知れなくて、繋がれた手がなければソフィアは逃げ出していたかもしれない。


「ソフィア。私も、お前に隠していたことがある」


 ソフィアはその言葉に目を見張った。ギルバートについて知らないことはまだたくさんあるが、あえて隠していたと言うことは、何か重要なことだろう。聞くことを怖いと思いながらも、ソフィアはまっすぐギルバートの瞳を見つめる。少し躊躇って、ギルバートは口を開いた。


「──私は、アルベルト殿とビアンカ嬢に会ったことがある」

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