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令嬢は黒騎士様のことが知りたい1

 扉を三回ノックする。

 ギルバートの部屋を訪ねるときは、いつも緊張する。特に今日は話をする覚悟を決めて来ているから、余計に身体が固くなってしまっていた。いつもは部屋着として使っているワンピースに着替えて来るのだが、今日はギルバートに買ってもらった青いワンピースのままだ。少しでもこの服に勇気をもらいたかった。


 扉を開けると、ギルバートもまた外出着のままだった。ソフィアが首を傾げると、ギルバートは苦笑する。


「話をしようと言っていたから。──ちょっと出るか」


 ソフィアが部屋に入るより早く、ギルバートがソフィアの手を取り、導くように廊下を歩き始めた。


「あ、あの。……どちらへ?」


 ギルバートと手を繋いで侯爵邸の中を歩くのは初めてである。悪いことをしているようで、いつもより心臓が煩い。誰にも会わなかったのが、ソフィアにとっては唯一の救いだった。


「お前はこっちに行ったことはないか?」


 ギルバートは二階の廊下を、執務室とは反対側の客間の方に向かって歩いていた。殆ど使われていない客間側には、ソフィアは立ち入ったことがない。


「はい。こちら側は客間ですので……」


「だが、客間だけではない」


 ギルバートは廊下の一番端で立ち止まり、そこにある少し小さな扉を開けた。その先には上りの階段がある。ソフィアは驚き、目を見張った。


「ギルバート様、これは?」


 振り返ったギルバートはにっと口角を上げた。


「屋上だ。外からは見えないようになっているから、日中は洗濯物を干している。──おいで」


 薄暗い階段は少し不安だったが、ソフィアはゆっくりと足を踏み出した。ギルバートがソフィアの右手をしっかり掴んでエスコートしてくれる。次第に子供の頃の探検のような無邪気な気持ちが湧き上がってきて、少し楽しくなってきた。長い階段は、二階から三階部分を越えて屋上に上がるためだったようだ。上りきった先に現れた扉を、ギルバートが押し開ける。


「──わぁ……っ」


 そこには、満天の星空が広がっていた。明かりの少ない貴族街で、背の高いフォルスター侯爵邸の屋上は、返しが付いていることもあり、周囲の景色は全くと言って良いほど見えない。その分より美しい夜空にソフィアは思わず声を上げ、数歩前へと踏み出した。


「ここは明かりが少なくて、星がよく見える」


 今夜は新月だった。月のない空では、無数の小さな星達が瞬いてその存在を主張している。


「素敵です……」


 本題を忘れ、その星空に見惚れてしまう。王都では初めて見るあまりに美しい星空は、レーニシュ男爵領で毎日のように見ていたものとよく似ていた。思い出せば、ソフィアにも優しかった領民達のことが気掛かりだった。冬の始まりの夜はワンピース一枚では寒く、余計に寂しさが募る。身体を震わせると、ギルバートがソフィアの手を引いた。


「寒いだろう」


 屋上には休憩用のベンチがある。ギルバートは座面にハンカチを広げ、ソフィアに座るよう促した。艶のあるハンカチは少ない光の中控えめにその存在を主張している。ソフィアは高価そうなハンカチとギルバートの顔を交互に見る。


「ほら」


 目を見張ったソフィアに構わず、ギルバートが手を引いた。せっかくのワンピースが汚れてしまうのも確かに嫌で、おそるおそるその上に座る。着替えてくれば良かったと思うが、今気付いても遅かった。

 ギルバートは当然のように隣に腰を下ろし、一度繋いでいた手を離した。


「──ハンスには黙っていてくれ」


「何を……?」


 首を傾げると、困ったように眉を下げたギルバートが右手に左手を添えて動かした。白金の腕輪が星のように控えめに光る。それがギルバートが魔法を使うときの動作なのだと、今のソフィアには分かる。すぐに寒さを感じなくなり、室内にいるような心地良い温度に驚いた。


「ギルバート様、寒くないです」


 ぽつりと言うと、ギルバートは苦笑する。


「このベンチの周囲だけ暖かくした。立つと寒いから、座っていろ」


 ソフィアは頷いたが、不思議に思って首を傾げた。


「何故ハンスさんには秘密なのですか?」


「ハンスは私がこの魔法を使うのを好かない。子供の頃、季節に構わずに服を着ていたら注意されて、それ以来だな」


 真冬に半袖でも着ていたのだろうか。想像するとなんだかおかしくて、ソフィアはくすくすと笑った。ギルバートの顔も僅かに緩む。一度笑ったことで、ソフィアの心は軽くなっていた。揺れていた心が覚悟を決める。


「──私、先代レーニシュ男爵の娘だと、以前お話したと思うのですが……」


 ギルバートがソフィアの右手に左手を重ねた。直接手に伝わる温かさは心にも直接伝わるようだ。ここに来てから、この手にいつも支えられてきた。


「ご存知かもしれませんが、両親が亡くなったのは五年前です。私が十二歳のときでした。突然のことに何もできなかった私の代わりに、すぐに駆けつけてくれた叔父がお葬式や家の采配をしてくださって……そのまま叔父が新たなレーニシュ男爵となりました」


 この国では基本的には男系相続が主流だ。女が当主になる場合、家を残すためには婿を取ることになる。レーニシュ男爵家も基本に則り、ソフィアの父からその弟へと相続が行われた。


「私は感謝していました。私は両親の事故以来部屋に閉じ篭ってばかりで、何もしていなかったので……」


 当時を思い出し涙を流さないようにと顔を上向けると、そこにはたくさんの星があった。美しい瞬きにまるで見られているかのようで、ソフィアはぐっと奥歯を噛み締める。

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