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令嬢は黒騎士様と街に行く9

 ギルバートがソフィアの冷え切った手に、包み込むように手を重ねてくれる。言葉はなかったが、ただ待っていることすらできなかった情けないソフィアを慰めてくれているような気がした。


「──ごめんなさい」


 しかし今のソフィアには、謝る以外の言葉が何も浮かんでこない。このワンピースも、落としてしまったホットサンドも、ギルバートに探させてしまったことも、全てがソフィアのせいだろう。


「ギルバート様……お待ちできなくて、ごめんなさい……っ」


 瞳からは、絶え間なく涙が溢れてくる。破れたワンピースの生地に染み込んでいくそれは、止めようとしても止められなかった。無力感がソフィアを責めるように押し寄せてくる。近くに聞こえるギルバートの僅かに乱れた呼吸に、胸が締め付けられた。


「──構わない。一人にして悪かった」


 両手がぎゅっと強く握られる。涙でぐちゃぐちゃであろう顔を上げると、そこには同じ目線のギルバートがいた。いつも通りの感情が分かり辛い表情だが、そこにある優しさが今のソフィアには痛い。眉を顰めているのは何故だろう。疑問に思うも、ぽろぽろと零れ続ける涙が思考を奪っていく。


「ごめん……なさい……」


 ソフィア自身、何に謝っているのかも分からなかった。一人きりでなくなって安心しているのに、ギルバートに弱い自分を見られてしまうことが辛い。強くなりたかった。隣にいたいなんて分不相応なことは望まなくても、側にいられるくらいには強くなりたかった。そしてそうなれないままの自分が情けなくて苦しかった。


「言わねば分からないと言っただろう」


 ギルバートの言葉がソフィアの胸に刺さる。怯んで目を伏せると、破れたスカートからペチコートが覗いていた。いつも格好悪いところばかりを見られているようで余計に居た堪れない。恥ずかしさに頬が染まる。


「あの時は無理に言わなくていいと言ったな。だが──私はお前を知りたい」


 静かに響く真摯な声に驚き、おそるおそるギルバートと視線を合わせる。滲んだ視界の中、藍色の瞳がまっすぐにソフィアを見つめていた。身体の奥に、小さな明かりが灯る。


「ギルバート、様……」


 瞬間、強張っていた身体から力が抜けた。体勢を崩しそうになったソフィアを、ギルバートの腕が支える。近付いた距離に安心し、触れられたところから熱が戻ってくるようだった。そのままそっと腕を背に回され、ソフィアは座ったままギルバートの腕の中に匿われるように抱き締められた。優しい腕が、直接伝わる熱が、ソフィアの心を溶かしていく。早くなっていく鼓動が、もう大丈夫だと教えてくれているようだった。


「教えてくれ。ソフィアのことは──分からないままだ」


 耳元で囁かれた言葉は、ギルバートらしくなく微かに震えているように聞こえた。腕の中から窺うと、困ったような表情のギルバートと目が合った。見慣れないその表情に、少し呼吸が楽になる。


「──……はい、ありがとうございます……っ」


 ソフィアは掠れた声で言葉を絞り出した。あやすように背中をゆっくりとさするギルバートの手は温かく、やがて涙は止まっていった。





「──では行こうか」


 それからどれくらい経っただろう。泣き止んだソフィアは差し出された手に反射的に自らの手を重ねた。しかし裂かれたワンピースは直っているはずがなく、あまりにあられもない格好になっている。カリーナに借りたケープは無事だが、せっかくの化粧も落ちてしまっていた。目が腫れているだろうことも、そこに感じる熱で分かる。


「あの……どこへ?」


 あまり他人に見られたくなくておずおずと問いかけると、ギルバートは何故かソフィアの頭をぽんぽんと撫でた。感じる微かな重みが心地良い。思わず目を細めると、ギルバートは表情を引き締めた。


「馬車をそこに呼んでいる」


 答えになっているようでなっていないギルバートに手を引かれ、ソフィアは建物のすぐ横に停められていた馬車に乗り込んだ。馬車の中でギルバートは終始無言のままで、ソフィアも謝罪以外の言葉が思いつかなくて下を向いた。


 しばらく走って馬車は止まった。ソフィアがギルバートに手を引かれて外へ出ると、そこには先程までいた場所よりも洗練された雰囲気のある店が並んでいた。馬車の数も多い。


「ここは……?」


「同じ商業地区だ」


 最低限の言葉で答えたギルバートは、見える範囲で最も広い土地を持つであろう服屋へとソフィアの手を引く。ソフィアは困惑しつつも、空いている左手でペチコートが目立たないようにスカートの生地を押さえてついて行った。


「──フォルスター侯爵様、いらっしゃいませ。お久しぶりでございます。今日はどのような御用ですか?」


 店の制服であろう上質な服を着た男が、一礼してギルバートに声をかけた。ギルバートは周囲の棚に並んでいる服には見向きもせずに口を開く。


「個室は空いているか」


「はい。こちらへどうぞ」


 男の先導に続き、ギルバートはソフィアをエスコートしていく。案内された先は商談等で使われる応接間のような部屋で、ゆったりとしたソファーが置かれていた。ソフィアはソファーに座るように促され、素直に従う。男はギルバートと小声で何事かを話すと、すぐに部屋を出ていった。二人きりになり、ギルバートがソフィアの隣に腰掛ける。


「ギルバート様、あの……」


 ここは何処なのか、何をするのか、分からないことが多過ぎて、ソフィアは何から聞けば良いか悩んで言葉を詰まらせた。ギルバートは小さく嘆息する。


「──そのままではどこにも行けないだろう」


 ソフィアは慌てた。見るからに高級な服を扱っていそうな店だ。とてもではないが今の所持金で買えないだろうことは、カリーナに教わって知っている。困惑したソフィアは声を上げようとし──扉が軽く叩かれる音で口を噤んだ。

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