表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/223

令嬢は黒騎士様と街に行く8

「窃盗事件の被疑者だ。よろしく頼む」


 職務の一環として確保した男を街の警備兵に引き渡す。ギルバートにとっては、姿を確認した相手を逃す方が難しかった。魔力の個性を読み取ってしまえば、余程離れない限り見失う事はないからだ。


「──侯爵殿、大変お手数をお掛けしました!」


 今日が当番であったらしい警備兵が勢いよく深く頭を下げる。自分の担当の日に他部署の貴族の上官に犯人を確保されるなど、彼等もある意味では被害者と言っていいだろう。まして魔法騎士であり、黒騎士と呼ばれるギルバートだ。気まずい思いをする彼等の事情は分かっていたが、相手をする余裕は無かった。


「いや、構わない。詳細は明日、報告書を下ろす」


 畏まっている相手すら煩わしく思うほど、ギルバートは焦っていた。離さない、側にいろと言っておきながら一人にしてしまった。

 最低限の言葉を残し、ギルバートは踵を返した。急ぎ足で広場へと戻る。あまり長い時間離れていたわけではない。それでも寂しくさせただろう。

 しかしギルバートが戻った広場の、陽の当たる広場のベンチに座っていたのは、ソフィアではなかった。





「──フォルスター侯爵殿!? この様な場所でお会いできるとは……!」


 アルベルトが慌てた様子で立ち上がり、喜色を浮かべ貴族としての礼をとろうとする。隣にいたビアンカが頬を染めてこちらを見ているが、ギルバートはここでこの二人と出会ったことに嫌な予感しかしなかった。ベンチの下に食べかけのホットサンドが落ちている。


「……今日は何故ここに?」


 ギルバートは最低限の言葉で問いかける。アルベルトはどこか誇らしげな表情で胸を張った。


「父に市井を見てくるよう言われて参りました。実際に自分の目で確認し、判断することを学ぶようにと」


 アルベルトは呑気にも、人々に活気があって素晴らしいだの、街が綺麗だとの語っている。すぐに話に興味を無くしたギルバートは、しおらしく上目遣いをしているビアンカに向き直った。


「ここで誰かと会ったか?」


 ギルバートは躊躇うことなくビアンカの細い手首を掴んだ。本来令嬢に断りもなく触れるのはマナー違反だ。まして婚約者のいる女が相手なら、余計に気を遣うべきだろう。ビアンカはギルバートの顔を凝視し、驚いたように目を見開いている。何故そんなことを問われているのかも分からないのだろうから、当然の反応だろう。


「──懐かしい親戚に会いましたが、いかがなさいましたか? あの……お離しくださいませ」


 ビアンカは淑やかに、しかしはっきりと主張する。瞬間ギルバートの脳内には、この場所で話しているビアンカとソフィアの映像が流れ込んできた。恐怖に震え泣いているソフィアの姿と声が、ギルバートの視界を怒りと後悔で赤く染める。思わず腕を掴む手に力が入った。


「痛……っ」


「あの、離してあげてくださいっ」


 ビアンカが顔を歪めて声を漏らす。アルベルトがギルバートに遠慮してか、控えめにビアンカを庇った。少しも触れていたくないギルバートは、その声にすぐに手を離す。


「自分の目で確認しろ──か。伯爵殿は賢明な方だ」


 ギルバートはアルベルトに言い捨て、ビアンカを睨みつけた。目を細めれば、それだけで泣きそうな顔で身体を縮こませている。それでも女らしく指先を頬に当てるのは癖だろう。ギルバートの地位や顔が好きなのか、それとも男相手には皆にこうなのだろうか。本性を知られていると知ったらどうするのだろうと、ギルバートは妙に冷静になった。


「貴女の価値感で全てが決まると思わない方が良い。少なくともそれは、私にとっては大切なものだ」


 か弱く素直なソフィアは、ビアンカにやり返すということをしなかったのだろう。鈍感な周囲に理解されようともがくことすら諦めていたのだろうか。アルベルトとビアンカは呆気にとられたように立ち竦んでいたが、ギルバートには二人と話している時間が惜しい。拳を握り締め、怒りのままに行動しそうになる自分を抑え込み、その場を離れた。





 がむしゃらに探しても見つからないことは分かっていたが、気持ちが急いて仕方ない。他の者なら魔法で探すことができるが、ソフィアにだけはそれができなかった。魔力のない人間には、当然だが魔力の個性もない。ギルバートの魔法では追跡することは不可能だ。


「だから離れてはいけなかった……っ」


 最初の手掛かりであるビアンカの記憶の中のソフィアが走り去った方向へ駆け、分かれ道に差し掛かる度に目撃者を探す。一人で泣いている姿を想像すると胸が痛んだ。少しずつでも前を向ければと思い外へと連れ出したが、時期尚早だっただろうか。楽しそうな顔をしていたのにと後悔しても、時間が戻らないことも分かっていた。


 途中で目撃者は途切れた。ギルバートはひたすらに路地の間の細い道や建物の裏を覗いていく。人混みに怯えていたのだから、いるのならきっと人のいないところだろう。日々身体を動かしているギルバートだが、ずっと走りながら探していたせいで息が上がってきた。もう一度誰かに聞き込みをしてみようかと思い、建物の裏手を覗き込み──ギルバートは深く息を吐いた。


「──ソフィア」


 ソフィアは壁に囲まれた狭い場所で、膝を抱えるようにして地面に座り俯いていた。ギルバートの呼ぶ声に肩が揺れる。ビアンカから見た記憶の通り、そのスカートは深く裂けており、白いペチコートが見えてしまっていた。痛々しい姿に、森で初めて会ったときの姿が重なる。


「ごめんなさい……」


 消えてしまいそうな声で俯いたままされた謝罪の言葉に、ギルバートは答えられなかった。こんなときに正しい言葉が出てこない口下手な自分に失望する。

 代わりにゆっくりと近付きながら、乱れた息を整えた。側に屈んで、膝を抱えている白い頑なな手に触れる。微かに震える冷えた指先を温めるように無言のまま両手を重ねると、ソフィアは自らの膝に額を擦るように小さく首を振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✴︎新連載始めました✴︎
「初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです」
悪女のフリをしてきた王女と勘違い皇子のコメディ風味なお話です!
○●このリンクから読めます●◯

★☆1/10書き下ろし新刊発売☆★
「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り6」
捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り6書影
(画像は作品紹介ページへのリンクです。)
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ