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令嬢は黒騎士様と街に行く6

 慣れない買い物だったが、ソフィアはカリーナのアドバイスのお陰で、どうにか靴とコートを選ぶことができた。何を選んだら良いか分からないでいたソフィアのために、カリーナは出掛ける前に、店員に聞いて一番定番のものを買うようにと教えてくれていたのだ。それは多くを買えないソフィアがどのような服とでも合わせられるようにという気遣いだった。一人では店員に声をかけられずにいたソフィアを助けてくれたのは、ギルバートだ。


「ありがとうございました。──私一人では、何も買えなかったと思います」


 まだまだ他人との会話には緊張して口籠ってしまう。フォルスター侯爵家では皆が同じ使用人の立場だからこそ成立していた会話だが、一歩外へ出れば何も知らない他人同士だ。これまでギルバートの保護下で優しい世界にいたのだと痛感する。


「──後は手芸屋か。先に昼食にしよう」


 ソフィアの手から買い物をした袋を取ったギルバートは、片手に纏めて持ち、何事かを小さく呟く。途端に荷物が手の中から消えてしまった。


「あの……荷物は」


 驚きに目を見張ったソフィアがおずおずと尋ねると、ギルバートは当然のように答えた。


「先に馬車に送っておいた。邪魔だろう」


「ありがとうございます……」


 転移魔法を使ったと思い至り、ソフィアは僅かに顔を青くした。それは本来戦地の前線で補給等を行うために使われる魔法だったはずだ。本で読んだ知識が現実と結び付いていく。ソフィアの買ったものを馬車に送るために使うものではないとも思う。僅かに俯いたが、ギルバートはそんなソフィアの内心など知る由もなかった。





 それから当然のように手を引かれて向かった広場で、屋台でホットサンドを二つ購入する。お金を払おうとしたソフィアを押し留め、ギルバートが二つ分の代金をまとめて支払った。近くのベンチに並んで腰掛け、ホットサンドを口に運ぶ。


「──あの、ギルバート様は、王都にお詳しいのですね」


 ギルバートは迷わずその屋台を選んでいた。以前食べたことがあったのだろうか。平民のように屋台でホットサンドを買う侯爵に違和感を覚えて問いかけると、ギルバートは口元を僅かに歪めた。


「殿下がお忍びで出掛けると、大抵は私が護衛になる」


「そうなのですね。──ありがとうございます。とても美味しいです」


「そうか。良かった」


 冬の始まりを告げるチェッカーベリーの赤い実が、広場に並べられたプランターの中で色の少ない季節の景色に彩りを添えている。こんもりと重たそうにその実をいっぱいに付ける様子は可愛らしい。


「──あの」


「なんだ」


 勇気を出して口を開くと、ギルバートがすぐにソフィアの表情を窺ってくる。


「ギルバート様のお仕事って、どのようなことをされているのですか?」


 近衛騎士団第二小隊副隊長兼魔法騎士という長い名称は、ソフィアには馴染みがないものだった。本で得たことのある知識とギルバートの魔法が結び付くと、拭えない小さな恐怖が芽生えていく。ギルバートは少し考えるように視線を落としてから話し始めた。


「私の仕事か。──第二小隊は王太子殿下付きの隊だ。殿下の護衛を交代で行っている。魔法騎士としては、重大事件の捜査、被疑者の逮捕、取調べ等が主な業務だ」


「あの、前線に出ることってあるのですか?」


 ソフィアは不安を素直に言葉にして聞いた。しかし当然のこととして職務を遂行しているギルバートは、そんな不安など知る由もなく平坦な声音で答える。


「ああ。そう多くないが、辺境伯からの依頼や魔獣討伐、周辺諸国の紛争に駆り出されることもある」


 辺境伯とは国境線付近に領地を構える貴族のことだ。国によって自ら軍を組織することを許されている彼等は、国境線を防衛するために他国と争うこともある。特に南隣の国は血の気が多く、争いが頻発しているらしいことはソフィアでも知っていた。


「そう──なのですね」


 それまで遠く感じていた争いというものを身近に感じ、ソフィアは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。思わず手に力が入る。ホットサンドが少し押し潰され、包み紙ががさりと鳴った。


「だが、本当に稀なことだ。お前が心配することでは──」


 ソフィアの変化に気付いたのか、ギルバートが補足しようとした瞬間のことだった。


「きゃーっ! 泥棒よ!!」


 広場の先から女の悲鳴が聞こえた。表情を引き締めて立ち上がったギルバートにつられ、ソフィアもそちらに顔を向ける。女が座り込んでいる少し先で、何かを持った男が逃げようと背を向け、今にも走り出そうとしていた。


「──すまない。ここにいろ」


 抑揚のない声で言ったギルバートは、すぐに現場へと駆けていった。呆気に取られたままの女を一瞥して通り過ぎ、男が消えた路地裏の方へと後を追っていく。その姿が見えなくなるまで見つめていたソフィアは、垣間見たギルバートの仕事中の表情を思い出し、またも襲いかかる不安に手を握り締めた。

 治安が良いと言われるこの国でも犯罪は起きているのだという、知っていたはずの現実を眼前に突き付けられて胸が苦しい。それは小さなレーニシュ男爵邸の中にも、優しいフォルスター侯爵邸の中にもなかったものだ。


「……っ」


 悔しさと悲しさが綯交ぜになり動けずにいるソフィアの視界の中で、街の人々が被害者の女を介抱している。どうやら小さな怪我だけだったようで、ベンチに座り、簡単に治療をされているようだった。


 王都の商業地区とはいえ、広場はあまり混んでいるという訳でもなかった。ベンチは埋まっていないし、道と違って人混みもない。一人でいても動かなければ確かにそう危険のない場所であるとソフィアも思った。少し残っているギルバートのホットサンドが、ベンチの上に置かれている。何もできないソフィアは、せめてギルバートに迷惑も心配も掛けたくなかった。自分の分を食べて大人しくしていようと気を取り直し、顔を上げる。


「──ソフィア……?」


 そこにいた一組の男女と目が合ったのは、ソフィアにとってもあまりに予想外のことだった。

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