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令嬢は黒騎士様と街に行く5

 ギルバートとの待ち合わせ場所は、フォルスター侯爵家の正門前だ。ソフィアは裏口で名前を書き、侯爵邸を出た。初めての外出に、不安と好奇心で胸が押し潰されそうだった。

 今日は朝からカリーナがソフィアの髪を整え、薄く化粧もしてくれた。笑顔で送り出してくれたが、おかしなところはないだろうか。視線を落とせば、柔らかな素材の白いケープが目に入った。カリーナが貸してくれたそれに少し勇気をもらう。


 正門に近付くと、馬車の横に見慣れない私服姿のギルバートが立っていた。すっきりとしたシルエットのシンプルな服なのに、思わず目を惹く姿に気が引ける。それでもソフィアは思い切って駆け寄った。


「──ギルバート様っ、お待たせして申し訳ございません……!」


 見上げると、ギルバートがソフィアを見ている。途端に恥ずかしくて、頬が染まった。


「いや、待っていない。……近くまで馬車で行こう」


 先に足を踏み出したギルバートが、自然な動作でソフィアの右手を取った。慣れた感覚だが、外で重ねるのは初めてである。そのまま箱馬車へとエスコートされ、ソフィアは少し高い踏み台に足を乗せて馬車に乗り込んだ。この馬車に乗るのは二度目だ。以前乗った時は押し込むように乗せられたことを思い出すと、どうしても居た堪れない気持ちになる。ギルバートもすぐに馬車に乗り、ソフィアの向かい側に座った。


「──あの、今日はありがとうございます」


 動き出した馬車の中で口を開くと、少し緊張が和らぐような気がした。ソフィアはギルバートに目を向け、上目遣いにその表情を窺う。


「偶には街に行くのも悪くない。一人では出歩くことも少ないから」


「そう、なのですか?」


 おずおずと聞き返すと、ギルバートは目を細めた。ソフィアは向かい合わせに座っているせいで繋がれないままの手を、スカートの上でぎゅっと握った。


「ああ、私の場合はそうだな。だからお前と出掛けられて良かった」


 いつだって甘やかす言葉を当然のように言うギルバートに、ソフィアは翻弄されてばかりだ。すぐに赤く染まる頬を隠すように俯く。息苦しくない慣れた沈黙の中、窓の外を流れていく景色を視界の端に映しながら、馬車は商業地区へと向かっていた。





「手を」


 馬車は道の端に停めた。先に降りたギルバートが、まだ中にいるソフィアに左手を差し出す。ソフィアはそれに右手を重ね、御者が置いた踏み台を使い地面に降り立った。

 多くの人が行き交う街は、活気に溢れている。音に、声に、人の熱気に、波のように圧倒され、ソフィアは思わず一歩足を引いた。


「あ……あの。ギルバート様──」


 顔が引き攣っているのが分かる。やはり王都の商業地区は小さな男爵領の商店街とは全く異なっていた。幼い頃に両親と来たことがあったはずだが、ソフィアは覚えていない。家を追い出され彷徨っていたあの日同様に、ソフィアを拒絶しているかのように見える。


「大丈夫だ、ソフィア」


 ギルバートが顔を青くしているソフィアを窺うように、腰を落として目線を合わせてくる。いつもは見上げている顔が同じ高さにあると、逃げ場がなくなるような錯覚に陥った。重ねたままの手をぎゅっと握られ、ソフィアの心臓が大きく鳴った。


「──外を歩いている時は、離さない」


 ソフィアは目を見張った。不安や恐怖を悟られていたことを恥じる気持ちと、その言葉だけで満たされていく心の矛盾に戸惑う。


「は……はい。あの、よろしくお願いします……」


 どうしても自信のなさそうな声になってしまう自分が情けなかった。それでも正面から見つめてくる藍色の瞳をまっすぐに見つめ返すと、ギルバートの口角が上がった。


「では行こうか」


 手を引かれて馬車の陰から街へと出ると、そこはソフィアが見たこともない物で溢れていた。華やかな看板と、可愛い菓子屋。カラフルな服屋は、店頭を見ているだけでも楽しい気持ちになる。言葉の通りしっかり握られた手がソフィアを安心させ、以前感じた恐怖が湧き上がることはなかった。街に受け入れられないような寂しさすら、右手に感じる温かさが消してくれている。


「ギルバート様」


 ゆっくりと歩きながら名前を呼ぶと、ギルバートはすぐに振り返った。


「なんだ?」


「ここは、どきどきします。なんだか……私の知らないものが沢山で」


 自然と軽くなっていく足が、ギルバートの優しい微笑みが、ソフィアの心を軽くしていく。こんなにわくわくするのは久しぶりだった。瞳を輝かせているソフィアは、自然と笑顔になっていく。心から笑えていることが、今の幸福感が現実であると教えてくれていた。


「やはり笑っている方が良い。だが、今日は側を離れるな」


 心配してくれているのだと思い、ソフィアは素直に頷く。ギルバートが僅かに視線を逸らした。首を傾げると、また視線を向けられる。


「──カリーナが手を貸したと話していたな。可愛くされ過ぎた」


「……っ!」


 ソフィアは息を飲んだ。すぐに染まる頬と熱くなる手が、痛いくらいに高鳴る鼓動が、全身で恋をしているとソフィアに訴えかけてくる。それでも繋いだ手を握り返す程の勇気はなく、足を止めて俯いた。少し先で立ち止まったギルバートが、振り返ってソフィアの頭をぽんぽんと優しく撫でる。


「お前が前を向けるのは良いことだ。行こう」


 すぐに手を引き歩き始めたギルバートの背を、顔を上げて斜め後ろから見る。ソフィアとは違う広い背中が、初めての想いを象徴しているかのように、近くにいるはずなのに遠く見えた。

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