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令嬢は黒騎士様と街に行く2

 ソフィアは、フォルスター侯爵邸で自分以外の使用人の部屋を見たことはなかった。興味深く見れば、内装は全く同じで魔道具の調度が置かれているところだけが異なっているようだ。連れてこられたカリーナの部屋は、全体的に明るい色の小物が多かった。マグカップやテーブルクロスは個人の持ち物のようで、花のランプ以外は殺風景なソフィアの部屋と比べると随分と華やかだ。

 カリーナは慣れた手付きで紅茶を二杯淹れ、一つをソフィアに手渡した。


「──それで、ソフィアはどの服を着て行くつもりだったの? 多分、全部見たことあるから言ってみなさい」


 楽しそうに身を乗り出すカリーナに、ソフィアは圧倒される。全部見たことがあるとは、覚えているという意味だろうか。


「──ええと……深緑色のワンピースよ。一番新しい服なの」


 レーニシュ男爵家では、ソフィアの服はいつも後回しだった。ビアンカの要らなくなった服を貰えるときは運が良いくらいで、ほつれを繕って着るのが常だったのだ。そんな中、唯一そのワンピースは新品でソフィアの物になった。ビアンカがソフィアの瞳と同じ色だから着たくないと言って捨てたのを、こっそりと拾ったものだ。男爵邸では一度も着れなかった服は、新品同様だ。


「ソフィアの瞳と同じ色のよね。可愛いじゃない。……それなら」


 カリーナがクローゼットの扉を開ける。ソフィアは申し訳なく思いながらもわくわくしていた。年頃の女らしく可愛いものは好きだし、お洒落にも興味はある。カリーナはいくつかの服を引き出しては戻していく。やがて、白いブラウスとケープがソフィアに渡された。


「これを合わせてみて。ブラウスはワンピースの下に着るの。きっと似合うわ」


「──ありがとう、カリーナ」


 自信ありげな表情で勧めるカリーナに、ソフィアは心からお礼を言った。ケープをふわりと羽織ってみれば、ところどころにファーの付いた柔らかなデザインが可愛らしく、思わず口元が緩む。カリーナは満足そうに頷いた。


「日付が決まったら教えてね。朝から気合い入れちゃうから!」


「えっと……気合いって?」


 首を傾げたソフィアに、カリーナは笑う。


「私、若い女の子の侍女って憧れてたの。せっかくの機会だもの。手伝わせてくれるわよね?」


 有無を言わさない様子のカリーナに、ソフィアは頷くのを躊躇った。侍女の真似事と言っても、ソフィアも使用人の身分だ。お遊びでもそんな思いをするのは気が引ける。


「カリーナ、私も使用人よ。そんな……分不相応なこと、言わないで」


「いいじゃない。ソフィアがギルバート様と仲良くなって、困る人なんていないわ」


 無邪気に笑うカリーナに、ソフィアは内心で嘆息した。例えばギルバートの両親や、侯爵家に娘を嫁がせたいと願っている貴族などはきっと困るだろうと思う。どれだけ魔力が強く恐れられていたとしても、眉目秀麗で文武両道な侯爵は人気者だろう。


「前にも話したけれど……私には不釣り合いだわ」


 それでも胸の奥の恋心は消えてくれない。抱き締められた強さと自分のものではない体温が、ふとした時に思い出される。正面から見つめてくる目が、話すときに触れ合う手が、ずっと熱を持っているようだった。


「──夢見ることは自由よ、ソフィア。一つくらい、こうであって欲しいと望んだって良いじゃない」


 カリーナの言葉が、ソフィアには赦しのように聞こえた。期待も希望も、フォルスター侯爵邸に来るまでは忘れていた。先回りして諦めた方が苦しいことは少なくて済む。無言のまま俯いたソフィアは、ぎゅっと両手を握った。カリーナは言葉を続ける。


「それにね。好きにならないようにって思ってても、落ちちゃうものって言うじゃない? それじゃ仕方ないわ。せめて楽しんだ方がお得よ、お得!」


 ソフィアがおずおずと顔を上げると、カリーナは変わらず笑っていた。極論なのは分かっている。それでもカリーナの笑顔とギルバートの優しさに、釣り合うだけの自分になりたかった。


「──そうね。カリーナ、ありがとう。私……カリーナと友達になれて良かった」


「ああもうっ。私も大好きよ、ソフィア!」


 まるで飛びつくように抱き付いてきたカリーナに、控えめに腕を添えて気持ちを返す。前の向き方などソフィアには分からなかったけれど、カリーナとのランチはいつも楽しみにしている。何かを楽しみに過ごすことなど無かったソフィアにとって、それは大きな変化だった。





 それからブラウスを着てサイズに問題がないことを確認し、紅茶を飲み──何気ない会話をしていれば、あっという間に夕食の時間になっていた。


「──もうこんな時間だわ」


「あら、本当。ソフィア、ご飯食べに行きましょう。それでギルバート様のところに行って、デートで行きたい場所、伝えないとね!」


 ソフィアは自分がしたいことを口に出すのがあまり得意ではない。それを見越したようなカリーナの言葉に、ソフィアは肩を竦めた。


「だからデートじゃなくて……」


 誤魔化すように今日何度目かの否定をすれば、カリーナは呆れたように笑った。


「はいはい。お出掛け、でしょう?」


 楽しみね、と言われれば素直に頷くことができる。街に出る怖さは消えないが、それでもカリーナのお陰で少し心が楽になった気がした。

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