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ノースポールの花(ソフィアとギルバートの場合)

※ギルバート視点です。

 結婚披露の夜会を終えて少しして王都のフォルスター侯爵邸が落ち着いた頃、ギルバートは休日を取ることになった。

 竜の襲撃事件の後始末や追加の捜査が慌ただしく多忙にせざるを得なかった上、邸では夜会の支度があったため、純粋な休日は久し振りだ。

 体力に自信があるギルバートは普段通りに過ごしていたが、ソフィアには無理をさせてしまっただろう。


「──ソフィアは、ほとんど邸にいると言っていたか」


 帰りの馬車の中で、ギルバートは独りごちる。

 元々趣味が外に出る種類のものではない上、かつてレーニシュ男爵家にいた頃には自室に閉じこもっていたソフィアだ。

 今はやるべき家政もある。邸で過ごすことも、そう苦ではないのだろう。

 友人である侍女のカリーナとはたまに買い物に行っているようだから、心配することはないのかもしれない。

 それでも、ギルバートはソフィアのことが心配だった。

 自分と結婚して、無理をさせる機会が増えた自覚はある。ソフィアは口にはしないが、我慢もたくさんさせているだろう。


「穏やかな幸せとは、ほど遠いな」


 その言葉はかつてギルバートがソフィアに願ったものだった。

 それでも、自分が手に入れたいと思ったのだ。どうしても側に置きたくて、きっと苦労させる分まで自分の手で守ろうと決めた。

 ギルバートはその覚悟を忘れたことがない。

 だからこそ、たまの休みにはソフィアを思いきり甘やかしたくなる。


 馬車が止まり扉が開く。


「おかえりなさいませ」


「今帰った。今日は何か変わったことはあったか?」


「午前中に領地から手紙が届いておりますので、後ほどご確認を」


 邸に入ったギルバートは、荷物をハンスに渡して顔を動かさずにサルーンを確認した。つい探してしまうのは、出迎えにくるソフィアの姿だ。


「ソフィアはどうしている?」


「サロンでお待ちでございますよ」


 早く顔が見たいと、ギルバートの足はついそちらに向かう。

 いつもならばサルーンまで来てくれるから、何か理由があるのだろうか。内心で首を傾げたギルバートに、ハンスが眉を下げた。


「うたた寝をされていらしたので、お起こししませんでした。奥様は茶会の支度が始まって、忙しく過ごしていますから」


 あまり大規模ではないが、ソフィア主催でフォルスター侯爵邸にて茶会を開くことになっている。友人となった者も呼ぶと嬉しそうにしていたが、やはり疲れもするのだろう。

 眠っているのなら顔を見るだけにして、後で起こしに来よう。

 そう思ってギルバートがサロンに入ろうとしたとき、中からソフィアが飛び出してきた。

 ぶつかりそうになって、慌てて足を止める。

 ソフィアが立ち止まって、笑顔を作った。


「──おかえりなさいませ、ギルバート様」


「ただいま、ソフィア」


 愛らしい微笑みが隠れてしまうのは惜しいが、それよりも早く触れたかった。ギルバートは両腕をソフィアの華奢な背中に回して、ゆっくりと抱き締める。

 サロンの中を覗くと、奥のソファに使われた形跡がある毛布が落ちていて、先程までギルバートを待ちながら眠っていたのだと分かる。

 起こしてしまったことを可哀想に思いながらギルバートがソフィアの額に口付けを落とすと、胸元に寄せられている頬が赤く染まった。





 室内着に着替えたギルバートは、ソフィアが待つ食堂にやってきた。

 いつも通り料理長の作るものは美味しく、そしていつも通り料理名は長い。食事をしながらソフィアとそのことに小さく笑って、何気ない会話が続く。

 このフォルスター侯爵邸で流れる穏やかな時間が、ギルバートは好きだ。

 ソフィアのお陰でギルバートは、日常に隠れた小さな幸福に気付くことができるようになった。

 食後の紅茶を用意するというところで、ギルバートはソフィアに切り出した。


「来週休日があるのだが、行きたい場所はあるか?」


「休日、ですか?」


「ああ。したいことでも構わない」


 ギルバートの問いに、ソフィアは困ったように眉を下げる。


「……いえ……その」


「どうした?」


「私は、ギルバート様と過ごせれば幸せなのですが……」


 その可愛らしすぎる答えに、ギルバートは口元を緩めた。


「だがそれでは、ソフィアも退屈だろう」


「ギルバート様といられるのでしたら嬉しいです。それに……ええと」


 ソフィアはまだ何かを言い淀んでいる。きっとそれはギルバートのためのことなのだろう。いつだってソフィアが何かを迷うのは、誰かのためばかりだ。

 ギルバートはソフィアの深緑色の瞳を見つめて、続きを促した。


「お仕事続きでお忙しくされてましたし、お邸で一緒にゆっくり過ごしませんか?」


 先程疲れて眠ってしまっていたソフィアを思うと、その方が良いかもしれないとギルバートは思った。

 しかし休日までにはまだ時間がある。それまでのソフィアの予定を調整させれば、問題なく外出もできるだろう。


「だが……まだ行ったことがない場所も、したことがないこともあるだろう」


「でも、やりたいことも──」


「また後で話すか」


 ない、と言わせたくなくて、ギルバートは会話を途中で終わらせた。

 何にでも興味を持っていいと思いながら、ギルバートはソフィアに新しい物事との出会いの機会をあまり与えられていない。

 本格的な社交がこれからだということもあるが、ソフィアも慣れたものに囲まれた時間で満足しているのだろう。


 部屋に戻ろうとソフィアの手を取って、食堂を出た。

 サロンを抜けようとしたところで、ソフィアがふと足を止める。


「あれは……」


 ちょうどもう明かりを少なくしているサロンの窓からは、庭園の景色がよく見えた。

 大きく白い満月は庭園を幻想的に照らしている。


「……四阿」


 ソフィアが目を止めたのは、そこにある白い四阿のようだった。月明かりで白い四阿はぽっかりと浮かんで見える。


「どうした?」


 ギルバートが聞くと、ソフィアは素敵なことを思いついたというように、両手を胸の前で合わせて顔を輝かせた。

 先程までとは全く違う明るい表情に、ギルバートの心も少し明るくなる。


「四阿の周りに、花を植えるのはどうでしょうか」


「花か?」


「はい。……ノースポールの花とか、可愛いと思うのですけれど」


 ギルバートはソフィアの言葉で、いつかの光景を思い出した。

 四阿を囲うように一面に咲くノースポールの花。それは、王城の夜会でギルバートがソフィアに想いを告げた日の光景だ。

 ソフィアは頬を染めつつも、ギルバートの返事を待っている。


「……ホルストに話してみるか」


「ありがとうございます……っ」


 ぱあ、と笑顔になるソフィアの頭をそっと撫でる。そのまま、まっすぐな髪に沿って撫でた毛先をひと束持ち上げ、唇を寄せた。

 指の間から逃げていく髪のしなやかさが、ギルバートの指を擽る。


 これからもっと、ソフィアを様々な場所に連れて行きたい。

 多くのものに触れて、ゆっくりと好きなことや場所を増やしてあげられたら。

 ギルバートは口にしないままの願いを静かに心に刻みつけた。


 時間が過ぎ、季節が変わり、窓の外の光景も変わっていく。

 その光景が今よりずっと幸福な思い出になるようにと、ギルバートはソフィアをそっと抱き寄せた。

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挿絵(By みてみん)


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(あらすじ)

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黒騎士様と捨てられ令嬢の溺愛ラブファンタジー、全編書き下ろしの第5弾!!



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よろしくお願いします(*^^*)

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