あの日の私(ソフィアとギルバートとスフィの場合)
RT企画でTwitterに載せていたSSです。
(夜会編・書籍4巻の続きです。)
ギルバートの寝室──今は夫婦の寝室になっている部屋。
いつものようにソフィアとギルバートが寝台で眠ろうとしたところで、それまで大人しくソファで丸まっていたスフィが、ギルバートの足にくるりと身を滑らせた。
「みゃーん」
そのまま踝に頬擦りをするスフィには、何か主張があるように見える。
「どうした、スフィ」
ギルバートがその場にしゃがんで、スフィの頭を撫でる。
スフィはそれに満足するように、それでも決して離れるつもりはないというように、ギルバートの手に顎を乗せようとしている。
ソフィアは甘えているスフィを見て、小さく微笑んだ。
「……一緒に寝たいのでしょうか?」
「いや、だが」
スフィはいつも、この部屋のソファかスフィの部屋で眠っている。スフィの部屋にはガスケ男爵からおすすめされて用意した猫用のベッドやおもちゃもあった。
寝台に入りたがることは珍しい。
「ギルバート様、しばらくお忙しくしていましたし……スフィも甘えたいのかもしれません」
あの竜の襲撃事件から、ソフィアとギルバートの結婚披露の夜会まで、ギルバートはずっとばたばたとしていた。
今も事件についての調査を進めているため、ギルバートが邸に帰ってくる時間は遅いことが増えた。
それでもギルバートはできるだけソフィアと過ごす時間を作ってくれている。ソフィアもまた、二人で過ごす時間を大切に思っていた。
ギルバートがひょいとスフィを抱き上げる。
「そうなのか? 言わねば分からない……が、お前はそうもいかないか」
綺麗な藍晶石の瞳が、小さなスフィにまっすぐに向けられている。
ソフィアと同じ色の瞳がそれを見つめ返した。
「みゃう」
やはり何を言っているかは分からないが、それでもスフィなりの主張があるのは確かなようだ。
ソフィアは真剣にスフィと向き合っているギルバートに笑って、寝台に腰掛けた。
「今日は、スフィも一緒に寝ましょうか? 引き離しては可哀想です」
「そうだな。……スフィ、それならどうだ?」
「みゃん!」
スフィがギルバートの腕から逃れて、寝台に飛び乗る。どこに寝るのかと思ったら、寝台の中心、枕の間にちょこんと座った。
「ス、スフィ……そこで寝たいの?」
「みゃー……」
問いかけてみたが、スフィはもうその場を動くつもりはないようで、退かされないようにか、こてんと身体を倒して目を閉じてしまう。
「ふふ、今日はスフィが真ん中なのね」
「……そうか」
ギルバートが羽織っていたカーディガンをソファの背に掛けて、寝台に上がってくる。ソフィアの頭をそっと撫でて、ギルバートはスフィの横に寝転んだ。
ソフィアもそれに続いて横になると、ギルバートがスフィも一緒に布団を掛けてくれた。
スフィはソフィアとギルバートの間でのびのびと眠っている。
「おやすみなさい、スフィ」
手を伸ばして背を撫でていると、同じようにスフィを撫でようとしていたギルバートの手に触れた。
どきりとして手を引くと、引き止めるように指先が絡む。
「あ、あの……」
「おやすみ、ソフィア」
ギルバートの手がソフィアの手を握る。
そのままスフィを避けて手を握り、ギルバートが目を閉じた。
「おやすみなさいませ、ギルバート様」
繋いだ手の平から伝わるギルバートの体温が、ソフィアの胸を跳ねさせる。
いつも抱き締められながら眠っていたから、手だけで感じるギルバートの存在はひどく鮮明に感じた。
それでも、スフィはもう眠っている。
ソフィアはスフィの体温分だけいつもより温かな布団にくるまって、目を閉じた。
夜中、ふと目を覚ましたソフィアは、眠る前にはそこにいたはずのスフィがいないことに気がついた。
起きてどこかに行ったのかと周囲を見渡すが、寝台の上にはいないようだ。
それならどこに──と月明かりを頼りに見渡してみるが、いつも寝ているソファにもいない。
眠る前にあれほど甘えていたのにと心配になって、寝台から降りた。
そして寝台をぐるりと回った先で、足元に布の塊を見つける。
「──……えっ、スフィ?」
そこにいたのはスフィだった。
ソファに掛けていたはずのギルバートのカーディガンにぐちゃぐちゃにくるまって、絨毯の上で丸くなって眠っている。
「床で寝なくても良いのに……」
寝台の上やソファ、椅子。眠るところはいくらでもあるのに、どうして床で寝ているのか。
そこまで考えて、ソフィアはふっと思い出す。
初めてこの部屋に来たとき、ソフィアもここで眠ったことを。
「どこで寝たら良いか分からなかったのかしら」
ここはスフィの家で、ソフィアとギルバートだけでなく、邸の人間は皆スフィを大切に思っている。
それでもあの日、スフィが一度全てを失ってしまった事実は変わらない。
もしかして、猫でも過去を思い出して恋しくなったり、居場所が分からなくなることもあるのだろうか。
「ソフィア、どうした」
ギルバートの声がする。
起こしてしまったのだと気付いて、ソフィアは困ったように振り返った。
「あの、ギルバート様。スフィが……」
ギルバートが床に寝ているスフィを見て、ソフィアに視線を移した。
懐かしむように細められた目に、同じときを思い出したのだと分かる。
「あのときは、どうして床で寝るのかと思った」
「……恥ずかしいです」
ソフィアが言うと、ギルバートが微笑む。
「おいで、ソフィア。寝直そう」
「でもスフィは」
絨毯は敷いてあるとはいえ、床で寝かせたままで大丈夫だろうか。
心配していると、ギルバートが喉を鳴らして笑った。
「スフィは猫だ。私の服も抱えているようだから、起こすよりもこのまま寝かせてやろう」
言われてみれば、スフィが床で寝転がっているのはおかしなことではない。もしまたこっちに来たければ、自分で起きて寝台に上がるだろう。
おいで、と差し出された右手に、ソフィアは自然と手を重ねた。
寝台に引き上げられて、今度こそというように抱き締められる。
「──……おやすみ、ソフィア」
「おやすみなさいませ、ギルバート様」
ソフィアは目の前の硬くて広い胸板に額を預けて、目を閉じた。
額に口付けが落ちてきて薄く目を開ける。顔を上げて、今度は唇同士を触れ合わせた。
あの日のソフィアにもし会えたなら、何も心配しなくて大丈夫だと伝えてあげたい。
ソフィアが恋をしたギルバートは、誰よりも優しく強く、ソフィアを愛してくれるから──
お読みいただきありがとうございました!
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こちらも書き下ろしとなっております。
素敵な受賞作と大好きな先生方とご一緒させていただきました。
どうぞよろしくお願いします(*^^*)