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令嬢は黒騎士様の役に立ちたい9

 ギルバートは脳内の映像と音声を処理し、アルベルトの目を正面から見据えた。表情を動かさないことには自信がある。どこか仕事で容疑者と向き合うときのような心境だった。実際にはごく僅かの間だったので、アルベルトも違和感なく微笑んでいる。ギルバートの様子を見てマティアスが口を開いた。


「それはおめでとう。今日は二人で出席してくれて嬉しいよ」


 その言葉で手を離そうとした瞬間、またもギルバートの中にある光景が流れ込んできた。





「私はビアンカ嬢を愛しています。だから、ソフィア嬢との婚約を破棄させて貰いたい。──なに、男爵にとっても、悪い話ではないでしょう」


 アルベルトが、何一つ悪びれた様子のない爽やかな笑顔で言う。向かいに座っているのは、恰幅の良い男と細面の女だ。二人は満面の笑みを浮かべている。


「私共の娘がアルベルト様のお気に召されたのでしたら、大変光栄なことでごさいますわ」


「いやぁ、親として、とても嬉しいことですよ」


 場所は先程と同じようなのに、調度も雰囲気も全く異なっていた。ギルバートが一瞬でも羨んだ優しく暖かい雰囲気はここにはない。最近のことのようだったが、あの夫婦は、レーニシュ男爵夫妻だろうか。そしてこの男──アルベルトは、何故こんなことを言ったのか。





「──また機会があれば、是非ゆっくりお話しましょう」


 ギルバートはそう言って、意識的に手を解いた。これ以上見ていたくないような、見てはいけないような、複雑な気持ちだった。


「ありがとうございます! お時間を頂き、失礼しました。……ビアンカ、おいで」


 アルベルトはエスコートしようと左手を差し出した。ビアンカはそれに応えるために一歩足を踏み出す。その機会を見逃さず、ギルバートはつま先で小さく床を鳴らした。魔法で床に現れた突起に、ビアンカはバランスを崩して転びそうになる。その身体をギルバートは片腕で支えた。


「──大丈夫か?」


 至近距離でギルバートの顔を見たビアンカは、すぐには動けずにいるようだ。ギルバートは己の顔の良し悪しについて特に深く考えたことはなかったが、こんなときばかりは便利なそれに感謝する。令嬢相手に不用意に質問をすることができない以上、時間が重要だからだ。

 ビアンカを支えるギルバートの手から、断片的な映像と音声が脳内に流れ込んでくる。それはそのままでは意味を成さないが、強い気持ちは読み取ることができる。特にビアンカの思いは強いようで、予想以上に意味のある情報を得ることができそうだった。──そしてギルバートは、レーニシュ男爵家で何があったかをほぼ完璧に悟ったのだ。





「ビアンカ……どうして」


 痛みに顔を歪める少し幼いソフィアと、赤い血の色。


「貴女さえいなければ、私達は幸せなの!」


 自分に言い聞かせるような叫び声。


「──さっさと出て行け、この役立たずが!」


 床に叩きつけられる細いソフィアの身体。


「お荷物の間違いでしょう?」


 嘲るような笑い声。


「その身一つで、何処へでも行っておしまいなさい」


 冷たい言葉に肩を震わせるソフィア。


「ご迷惑を……お掛けしました」


 絞り出すような声と感情が抜け落ちたような表情。


「──これで、ずっと一緒にいられるのね!」


 熱を込めた目でビアンカを見つめるアルベルト。破った手紙の山。


「なんだ、大したことないじゃないか」


 アンティーク調度に付けられていく値札。


「素敵なドレス! ありがとう、アルベルト様」


 紅潮する頬と、満足げなアルベルト。


「お母様、これも素敵よ!」


 華やかな宝石商が見せるダイヤモンド。





 ギルバートがぐっと腕に力を入れれば、ビアンカは転ぶことなく無事に姿勢を立て直した。普段から感情を抑えることに慣れていて良かったと思う。


「あ、ありがとうございます」


 突然のことに頬を染めたビアンカに、アルベルトが歩み寄る。


「──ビアンカ、少し休もうか。ギルバート殿、ありがとうございました。殿下、妃殿下。御前失礼させて頂きます」


 礼儀正しく頭を下げるアルベルトは、エスコートされて歩き出してなおちらりと振り返りギルバートに視線を向けるビアンカより、ずっと誠実だろう。


「──お疲れ、ギルバート。その表情、何が見えたんだい?」


 先程まで目を逸らしていた貴族達は、興味があるのか一転してこちらを窺っている。ギルバートは気付かれないように小さく嘆息した。


「後ほど、夜会が終わりましたらお話させて頂きます」


 ギルバートの表情から何かあったらしいと悟ったマティアスとエミーリアは、顔を見合わせて頷いた。

 どうしても意識は脳内の映像と音声に向かっていく。自らをお荷物だと言っていたソフィアは、そう思い込んでしまうほど、繰り返し罵倒されてきたのだろうか。細く頼りない身体は少し力を入れれば壊れてしまいそうなのに、何故あのような扱いができるのか、ギルバートには理解できない。何よりソフィアの苦しげな表情が心に刺さった。そして、見たことがなかった曇りのない笑顔が、眩しかった。





 夜会を終え、マティアスとエミーリアと共に情報を整理してから帰宅する。厳しい表情をしていたマティアスは、それでも家庭内の諍いの範囲だと言っていた。事実、ギルバートもそうとしか言えないと思う。この国の法律に、家庭内の諍いを裁くものは存在しない。ましてギルバートが見ただけで裁くことなど不可能だ。


「お帰りなさいませ、ギルバート様」


 出迎えのハンスから簡単な報告を受け、荷物も無いので一人私室に向かう。かなり遅い時間になってしまったようだ。夜会のための騎士の盛装は堅苦しく、早く着替えてしまいたかった。二つ目の扉を開けたところで、奥の部屋から物音がした。はっと気付いたギルバートは、そのまま勢い良く奥の扉を開ける。


「──わ……っ、おかえりなさいませ、ギルバート様。遅くに申し訳ございません」


 驚いた表情のソフィアは、濡れた髪をタオルで拭っていたようだった。飾り気のないワンピースは、部屋着の代わりにいつも着ているものだ。


「ソフィア──」


 名を呼んだ瞬間に衝動のように湧き上がったそれは、らしくもない獰猛な感情だった。ギルバートはソフィアにつかつかと歩み寄り、感情のままに両腕できつく抱き締める。腕の中にある身体は華奢だが確かにそこにあった。当然のことに強い安堵を覚えたギルバートは、ソフィアの濡れ髪に顔を寄せた。

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