口は災いの元(ケヴィンとカリーナの場合)2
ケヴィンが飛び込んだことで、その場の空気はぴたりと固まった。
しかし男達はカリーナを庇う位置に立つケヴィンをまじまじと観察して、鼻を鳴らす。
「あ? 随分ちっこい兄ちゃんだなぁ」
カリーナの手を掴んでいた男が言う。ケヴィンは不快感から眉を顰めたが、男から見ればそれも怯えたように見えるのかもしれない。
ケヴィンは、自分が相手からどう見えるか知っている。
まして今日は同僚と飲むだけの予定だったため、制服を着ていない。シンプルなシャツとズボン、それにゆったりとしたコートを着た軽装だ。コートの下には念の為帯剣しているが、この暗さでは見えないだろう。
「ちっこいって、それはちょっと酷いですよー。それよりお兄さん達、さっきも言いましたけど、この子は僕の連れなんです。遠慮してもらえません?」
「それはちょっとできない相談かなー」
「僕ちゃんこそ、さっさとそこ退けよ」
「そうだぜ。俺等を誰だと思ってる? ここいらで『ガラバス兄弟』を知らねぇとは言わせねぇよ」
ケヴィンは男達の会話を聞いて、そこに出てきた固有名詞にぴくりと肩を揺らした。
ガラバス兄弟といえば、最近この辺りで悪さをしているという冒険者を名乗る破落戸だ。というのも、冒険者であるという身分証を見た者は誰もいないのだ。
この辺りで飲み会をすることが多い第二小隊でも話題になっていた。何でも、飲食代を踏み倒されたとか、酔ってグラスを割って暴れただとか、店主が気に入らないからと暴力を振るったとか。
世話になっている店も迷惑を被っていたことから、第二小隊では、自分達が見つけたら捕まえてやろう、警備兵に任せきりにするのは嫌だ、と言っていた。
こんなところでケヴィン自身が出会うとは思わなかったが。
「ガラバス兄弟、ですか? あの冒険者の?」
「そうだぜ。聞いたことがあるんなら、さっさとそこ退けよ。俺達は今からそこの生意気な嬢ちゃんと遊んでやるんだからよ」
ケヴィンはその言葉に、自身の理性の糸が切れた音を聞いた。
この破落戸達は、ケヴィン達の行きつけの店に迷惑をかけ、大切なカリーナを生意気呼ばわりしているのだ。
敵認定してしまえば、ケヴィンは剣を取り出すだけだ。
「──カリーナ、動かないで」
「分かったわ」
ケヴィンの言葉に、カリーナが素直に頷き一歩下がった。
ケヴィンはコートの前を開け、鞘がついたままの剣を構えた。その柄には、近衛騎士団所属であることを示す装飾が光っている。
薄暗い路地、男達からは見えないその装飾を見て、カリーナが目を瞠った。
「悪いけど、ここで僕に会ったことが不運だったね」
「なんだと!?」
「やっちまえ!」
拳を振りかぶってきた2人をまとめて鞘で打ち据えて、正面の男と目を合わせる。
三人目の男が積まれた箱の裏に隠れていたが、ケヴィンは既に気付いている。視線を動かさないまま剣先で箱を勢い良く突くと、箱と共に男が倒れていった。
身体は大きいが、そう強いわけではないらしい。冒険者というのも、おそらく嘘だろう。
「……まだやる? 降参すれば、このまま拘束だけするけど」
「何だと? チビが調子に乗りやがって……!」
最後に残った男が、壁に立て掛けられていたどこかの店の廃棄鉄パイプを拾って殴りかかってくる。ケヴィンがその手の甲を剣で強く叩くと、男は簡単に鉄パイプを取り落とした。その隙を突いて全力で蹴り飛ばす。
男はそのまま建物の壁に背中を打ち付けて動かなくなった。
「はい、おしまーい」
ケヴィンはそう言って、最後まで鞘から抜くことがなかった剣をまたコートの下に戻した。街中で待ち歩くには目立ち過ぎる剣である。隠し持つのが丁度良いだろう。
ケヴィンが振り向くと、カリーナが無表情で小さく拍手をしていた。引かれていないと良いのだが。
「カリーナ、お待たせ。ちょっと店に行って、ロープ貰ってきてくれる?」
まさかカリーナをここに置いてケヴィンがロープを取りに行くなどできない。男達は気を失っているが、いつ目を覚ますか分からないのだ。
「うん。すぐ行ってくるわ」
壁に背を付けていたカリーナは、ケヴィンの指示を受けて表通りへと走っていった。
裏路地に気を失った破落戸達と共に残されたケヴィンは、拘束しやすいように男達を移動させる。最後に一番大きな男を雑に引き摺って端に寄せていると、カリーナがロープを持って戻ってきた。
「あ、ありがとう。ちょっと待って、ちゃちゃっと縛っちゃうから」
「それなら手伝えるわよ」
「そう? じゃあ、そっちの二人をお願い」
ケヴィンが一人目を縛り始めると、カリーナは途中まで見てどう縛るのか理解したようで、すぐに男にロープを掛け始めた。
手伝えると言っていたのは本当のようで、くるくると慣れた手つきで男を縛り上げている。
「……守ってくれて、ありがとう」
カリーナが男の身体を足で押さえながら、ロープを思いっきり引いて言った。
それを見て、ケヴィンは思わず吹き出した。カリーナの言動があまりにちぐはぐ過ぎて、我慢ができなかったのだ。
「ふ、ははは。カリーナ、そんなに思いっきり縛り上げながら言っても、面白いだけだって」
「ちょっ……何よ! せっかくお礼言ったってのに」
「だって、いくら何でも……ははは。待って、面白過ぎるよ」
一度湧き上がってしまった笑いは、なかなか止まってくれない。そうしながらもケヴィンとカリーナは迷い無くそれぞれのニ人目の男を縛り上げていた。