口は災いの元(ケヴィンとカリーナの場合)1
新連載『伯爵令嬢ミシェルの結婚事情〜貧乏神令嬢は3度目の買い取り先で幸福な恋を知る〜』開始記念に番外編を更新しました。
本編でふわっとしていた、ケヴィンとカリーナの話です!
全3話になる予定です。
ソフィアとギルバートの結婚披露の夜会が終わり、しばらく経って。
ケヴィンは、それ以来一度もカリーナに会いに行けずにいた。
飲みの席でぽつりとその話をすると、同僚が大仰に驚いた顔をする。酒が入っているせいもあって、相手も遠慮がない。そして男所帯の第二小隊では、やはりそういった話に食いつく人間は多い。
「いやお前、何やってんだよ。ドレスまでプレゼントしたんだろ? 告白してるようなもんじゃん」
「それで付き合えてたら、今こんな顔してないって!」
ケヴィンは一気にエールを飲み干してがくりとうな垂れた。
カリーナのことは好きだ。
外食をするときには毎回言付けをくれるいじらしさも、それでいて踏み込んでこない気安さも、ケヴィンには丁度良かった。仕事が好きで、ソフィアが大切だとはっきりと言えるそのまっすぐなところも好ましい。
しかし放っておくと無茶をしてしまうところや、自分を顧みないところを知ってしまうと、好ましいだけだった筈の感情にブレーキが利かなくなった。
側において守りたいと思ってしまったのは、ケヴィンが騎士という仕事をしているが故だろうか。
「だよなー。お前結構モテるのに浮いた話がなかったから。街の子達が知ったら残念がるぞ」
「そんなことないですよー」
「トビアス、お前からも何か言ってやれよ」
「え」
ケヴィンは斜め向かいに座っているトビアスに目を向けた。
ケヴィンにとってトビアスは一番の相棒だ。互いの欠点を補う合うように、戦場で背中を預けた回数が何度あったか分からない。
戦い方には、どうしても性格が反映される。隊長であるアーベルと副隊長であるギルバートがいないこの場で、ある意味ケヴィンのことを一番よく知っているのはトビアスだろう。
トビアスは持っていたグラスを置いて、ケヴィンの手元をちらりと見た。それから、店員に声をかけ、新しくエールを一杯頼む。ケヴィンのグラスが空いていることに気付いたのだろう。
その間も、話を振った同僚は食事をしながらトビアスの言葉を待っていた。
「──ケヴィンは、鋭い攻めが強みだ。勝機を狙うつもりならこうしてはいないだろ。迷ってるんだろうから、そっとしておいてやるべきだ」
「トビアス……何で本当のこと言っちゃうのさー!!」
ケヴィンは頭をテーブルに打ち付けた。がんと大きな音がして、食器がかちゃんと音を立てる。
これが許されるのは、ここが庶民向けの居酒屋であるからだ。
「ちょっ、お前。何してんだよ!?」
「うわー、いったそー……」
同僚達が若干引いている。
狼狽えるケヴィンを見て、トビアスが小さく噴き出した。
帰り道、夜風に当たりながら、ケヴィンは考える。
トビアスの言う通りだ。ケヴィンに反論できることは何もない。
ケヴィンは結局のところ、迷っているのだ。手に入れることで、カリーナの笑顔が曇ってしまうのではないか、と。
「だって、あんな顔されたら……」
ケヴィンは夜会でのカリーナの姿を思い出していた。
プレゼントした黄色いドレスを身に纏い、花を模した髪飾りをつけた姿は、控えめに言って綺麗だった。正直、生粋の貴族令嬢かと思ってしまうくらいの仕上がりだった。やはりフォルスター侯爵家の使用人教育を受けていただけのことはある。
邸の裏庭という場所もよくなかった。
季節の花が咲き乱れる美しい庭園と、仄かな明かり。薄暗い場所で見る好きな人の盛装姿というのは、どうしようもないくらいケヴィンの心を掻き乱した。
そして、ケヴィンを前にして照れたように笑う表情と、軽く上気した頬。
「欲しいって、思うに決まってるじゃんかー」
これまではただ一緒にいられればいいと思っていた。互いに想い合っていることを言外で確認しながら、なんとなく側にいられれば良いと、思っていた。
それなのに、あんなに可愛らしい姿を見せられてしまったら、もっとと求めてしまうのも仕方がないだろう。
元々、ケヴィンは我慢をするのは得意な方ではないのだ。
「でもなー。結婚するってなったら、カリーナは面倒だろうし」
カリーナの実家は商家だと聞いている。しかしフォルスター侯爵家で働いているのだからそれなりの家ではあるだろう。ケヴィンだって子爵家の令息とはいえ三男なのだから、釣り合いは取れなくもない。
それでも、苦労はかけてしまうだろう。
このまま真面目に勤めて出世していけば、子爵家の令息であるということもあり、ケヴィン自身が叙爵する可能性も高い。果たしてカリーナは、貴族の妻になってくれるのだろうか。
それなら、このままの関係でいた方が──
うだうだと考えながら歩いていると、夜の街の喧騒の中から意識が知っている声を拾い上げた。
「離してって、言ってるでしょう!」
「まあまあ、そんなつれないこと言わないでさ。一軒ぐらい付き合ってよ」
「いーやーでーす!」
この声を、ケヴィンが聞き間違える筈がない。
何せ、さっきまでずっと考えていたのだから。
ケヴィンが歩いているのは、丁度いつもカリーナと食事をすることが多い店があるあたりだった。今日も短い手紙が届いていたから、カリーナはきっとあの店に行ったのだろう。
しかし、カリーナはいつも店の前に乗合い馬車が停まるのを待ってから外に出ていた。年頃の女の一人歩きは危険だということは分かっていたようだ。そういうところはしっかりしているのだ。
それなのに、たった今聞こえた声は確かにカリーナのもので。
ケヴィンは声の方へと走った。
「良いじゃん。一人なんでしょ? 俺達も寂しいのよー」
「一緒にしないでっ」
声が聞こえたのは、いつも使っている店のすぐ側にある細い路地だった。そっと様子を窺うと、壁に背を付けたカリーナを囲むようにして四人の男が立っている。
「君だって寂しそうにしてただろ」
「そんなこと、ないです!」
「またまたー強がっちゃって。彼氏にふられたんでしょ? 慰めてあげるよ」
カリーナの右手首を、男の一人が掴んだ。
瞬間、ケヴィンは我慢できずに物陰から飛び出した。
「いてっ! なにすんだ、この女」
「……あんたが勝手に触るからじゃない」
カリーナは自分の手首を掴んだ男の手を反対側の手で掴み、ぐいっと捻り上げて外してしまった。
触れられたくないのならば仕方のないことだろうが、この状況で相手を逆上させるのは良いことではない。四人がかりで向かってこられたら、カリーナの身は無事かもしれないが、過剰防衛になってしまう。
その辺にいる男四人を倒すことはできるだろうが、まだ四人を相手にして手加減をして倒すことができるほど、カリーナは鍛えきれてはいない。
「──すいません、ごめんなさい。この人、僕の連れなんです」
カリーナと男達の間に身体を滑り込ませて、ケヴィンは男達を見上げた。