クローバーの約束(ソフィアとギルバートの場合)
「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り」書籍3巻発売&コミックス再重版記念!
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※88部分の後、正確には書籍2巻書き下ろし後のお話です。
ソフィアはふかふかの芝生に座り、クローバーの花を集めて花かんむりを編んでいた。
隣に座っているギルバートが、興味深げにソフィアの手元を覗いている。
穏やかな初夏の日差しが降り注ぐその場所は、まるで夢の中の景色のようだ。風が吹くと、さあっと草に波が立ち、引いていく。青い空と芝生の境には、遠くの街が可愛らしく見えていた。
結婚式を無事に終え、王都に返ってくる道すがら、ソフィアとギルバートは道中にある公園に寄り道をしていた。今夜は近くに宿を取っているため、急ぐことはない。
この公園は領主が保護している土地らしい。少し離れた場所では子供達が遊んでいて、愛らしい笑い声が響いていた。
ソフィアはギルバートの視線に顔を上げた。ギルバートはまるで初めて魔法を見た子供のような瞳を、それに向けている。
「……ご覧になったこと、ありませんか?」
「ああ。小さい頃はあまりこういった時間の使い方はしなかった」
ギルバートは視線を動かさないままそう言った。ソフィアは自分がギルバートにそんな顔をさせていることが嬉しくて、微笑む。
「そうでしたか。それでしたら……少し、お待ちくださいね」
それから、ソフィアは思い出した感覚に任せるようにして編む速度を上げた。白い花はぎゅっと詰まったようにして並び、一つの大きな紐のようになる。くるりと丸めて、端と端を括るようにして編み留めた。
「できましたっ」
達成感のまま顔を上げると、ギルバートと正面から目が合った。どきりと心臓が跳ねる。
「これは──」
「花かんむりです。昔、母から教わって……懐かしいと思って作っていたのですけど」
子供が遊びに作るようなものだが、ソフィア自身でも納得のいく仕上がりだ。これならギルバートに見せても恥ずかしくないと思った。
「よくできている」
ギルバートはソフィアが持ったままのそれを、じっと作りを確かめるように見つめている。
二人の間を、柔らかな風が通り抜けていく。
ソフィアはその間を埋めるようにそっと身体を寄せ、でき上がった花かんむりをギルバートの頭に乗せた。なんとなく作ったそれは、想像以上にぴったりだった。
「ソフィア……」
「ふふ。ギルバート様、可愛いです……っ」
ソフィアは思わず笑い声を上げた。
銀色の髪に、白い花がよく映えている。太陽の光が二つの違いを際立たせ、ソフィアの目にはギルバートがまるで妖精の国の王様のように見えた。
しかしギルバートは花かんむりを外して、ソフィアの頭に乗せようとする。
「ソフィアの方が似合う」
「そんな、せっかく──」
小さな攻防の後に、ソフィアの頭に花かんむりが乗せられた。しかしギルバートに合わせてソフィアが作ったそれは、ソフィアには大き過ぎる。本来の場所よりも低い位置で止まったそれに、ギルバートは喉の奥で小さく笑った。
ソフィアは花かんむりを外して、横に置いた。
「もう一つ、作ってくれるか? 私も見ながらやってみよう」
「ギルバート様が?」
ソフィアは首を傾げる。ギルバートが頷いて、花かんむりに目を向けた。
「ああ。ソフィアの、大切な思い出だろう」
これの作り方を教わったのは、ソフィアの両親が生きていた頃だ。魔力が無いソフィアが、まだ苦労を知らず、穏やかで暖かい家で大切に守られていたときのことだ。
母から教わった、小さな思い出。それを当然のように大切だと言ってくれるギルバートに、ソフィアの胸が熱くなる。
「ありがとうございます……っ」
「教わるのは私だが」
思わず感謝の言葉を口にしたソフィアに、ギルバートが柔らかく目を細める。
ソフィアは早速、ギルバートと共にまた花を集めていった。いくらか集まったところで、先程までよりも距離を詰めて、ギルバートが見やすいようにして作り始める。
ゆっくりと動かすソフィアの手元を見ながら、ギルバートは丁寧に編んでいった。
「そう、ですね。それでは、……ここの花を、こうして……あ、そうです。それから──」
「なるほど。……こうか?」
ギルバートは元々手先が器用なのか、最初こそ躓いたものの、すぐに慣れてするすると指を動かしていく。ソフィアは驚いて、熱心に花かんむりを作るギルバートの横顔を見た。
「お上手ですね」
「魔道具の回路に似ている」
ギルバートが短く答える。
「あ……、そういえば」
ソフィアはそう言われて、はっと気付いた。確かに、魔道具の回路は同じ文様を繰り返したり、金属を編んだようになっているものが多い。
ギルバートがいつもつけている腕輪や独自の魔道具は、ギルバート自身が作ったり、市販のものに加工をしたりしているのだ。花かんむりよりずっとそちらの方が難しそうだ。
ソフィアは納得して、自分が作っている花かんむりに視線を戻した。続きを編んで、あとは纏めるだけのところで手を止める。
「最後はどうするんだ?」
少しして、ギルバートがソフィアに問いかけた。ソフィアは自分の花かんむりの端を留めながら、ギルバートに教えていく。
「ここを、結ぶんです。ここを回して、こうやって……」
ギルバートがソフィアの真似をして、花かんむりを完成させた。
「できたな」
ギルバートが完成させたそれをソフィアの頭に乗せる。今度はサイズもぴったりで、落ちてくることはなかった。
ソフィアは自分の花かんむりを膝の上に置き、そっと自身の頭に乗っている花かんむりに触れた。僅かにひんやりとした植物の感覚が、指先を擽る。
「私に……よろしいのですか?」
「そのために作った。ソフィアが作ったこれは、私が貰いたい」
満足げに笑ったギルバートが、ソフィアの膝から新しい花かんむりを奪っていく。
「どうするのですか?」
「持ち帰って加工すれば、飾れるだろう」
ソフィアはギルバートの言葉にくすりと笑う。
先に作った花かんむりを、ソフィアはもう一度ギルバートの頭に乗せた。ギルバートは抵抗せず、素直にそれを受け入れる。
幸せだった。もうずっと、ソフィアはギルバートから幸せを貰ってばかりだ。嬉しくて、少し怖くて、大切なそれを、ソフィアはそっと心に抱く。
「ありがとうございます。──ふふ」
「どうした?」
漏れてしまった笑い声に、ギルバートが小さく首を傾げる。ソフィアは手で口元を隠しながら、言葉を続ける。
「なんだか、子供みたい……ふふふ」
無邪気で、穏やかで、楽しかった。
走り回る子供達と同じように、自然と笑顔になっていく。
ギルバートが、たまらないというようにソフィアをぐっと引き寄せた。背中に回った腕が、優しくソフィアを閉じ込める。
「──これからも、側にいてくれ」
「はい。ずっと、お側におります」
ソフィアが答えて、ギルバートの背に手を回す。
風が、二人を包み込むように吹き抜けていった。