エピローグ
「ここに来るの、久しぶりですね」
「そうだな」
ソフィアは満天の星を見上げていた。隣にいるギルバートは、ソフィアの右手を離さないまま微笑んだ。
フォルスター侯爵邸の屋上からは、貴族街の中心とは思えないほどに美しい夜空が見える。それをソフィアが知ったのは、一年前のことだ。そのときに告げられた言葉は、告白のようでそうではない、しかし大切に想われているのだとソフィアに教えてくれるものだった。
あの日と同じように、今日もギルバートは魔法を使ってベンチの周りを暖めてくれている。違うのは、ギルバートの膝の上でスフィが寝ていることくらいだ。
いつの間にか、悪夢は見なくなっていた。それが披露宴が終わって心に余裕ができたからか、ビアンカと会話をして和解できたからか、ソフィアには分からない。医師は、心の問題はそういうものだと言っていた。ソフィアも、原因を詳しく知りたいとは思わない。
「やっぱり、とても綺麗です」
「ああ。ここにいると、時間を忘れる」
二人静かに星を眺める。
瞬きを繰り返す光は、どれかがソフィアであり、ギルバートだ。そのどれかはカリーナで、ケヴィンで、エミーリアで、マティアスで、ハンスで、ビアンカで──そして、ソフィアの母で、父なのだろう。
もしまた会えるのならば、今ソフィアが幸福であると伝えたい。
きっと母は頑張ったねと優しく笑って、父はすごいなと少し寂しそうに抱き締めてくれる。今はもう想像することしかできないけれど、その確信がソフィアにはあった。
夜空は全てを包み込むように優しく、穏やかだ。同時に呑み込まれてしまいそうなほど深い。
「──ソフィア、私は」
ギルバートが視線を空からソフィアに移した。
ソフィアも、ギルバートに目を向ける。
「ギルバート様?」
「私は、ソフィアに会うまで、自分にこんな感情があるとは知らなかった」
僅かな明かりしかない屋上では、ギルバートの瞳はソフィアの知る藍色ではなく、深い海のように見える。底が知れなくて、もっと潜っていきたいような、逆に意思に構わず吸い込まれていくような、そんな感覚がした。
その底に見え隠れしているのは、確かな熱だ。
「愛している。これから先も、きっと、誰よりソフィアを愛しく思う」
立ち上がろうとしたらしいギルバートは、膝の上にスフィがいることを思い出し、止めたようだった。代わりに、ソフィアの右手をそっと両手で持ち上げ、その甲に口付けを落とす。
「だから、これからも私に、ソフィアを守る権利をくれないか?」
触れたところから血が通っていく。身体中を駆け巡るそれは、甘い毒だ。ソフィアはギルバートと出会ってからずっと、隙間だらけだった心をその毒で満たされ続けている。
「……それは、ずっとギルバート様のものです」
一度手に入れたら失うことを考えずにはいられない。いつか必ず訪れる別れを、ソフィアは知っている。それでも、いつまでもそれが来ないことを心から願った。
思い出すと苦しくなる記憶は、消えてなくなることはない。それでも生きている限り、希望を、愛情を、抱くことは止められない。
「私がいなくなっても、ギルバート様がいなくなっても……いつまでも私は、ギルバート様のものです」
だから、離さないでいてほしい。そう続けようとした言葉は、ギルバートの唇に吸い込まれた。そっと触れては離れてを繰り返す口付けの途中、ギルバートは確かにソフィアの言葉に頷いてくれた。
「私の全ては、ソフィアのものだ」
ぼやけた視界の中、きっと夜空に星が流れた。
これにて、後日談【夜会編】は完結となります。
これに伴い、後日談は完結となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
今後は不定期にて番外編を掲載予定です。
引き続きお楽しみいただけるよう頑張ります。
また、「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り」書籍4巻は(6月2日)発売予定です!
Web版・コミックス版とあわせて、お読みいただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします(*^^*)