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これからの未来を、二人で7

 待ち合わせ場所は、フォルスター侯爵邸の裏庭だ。本当はサルーンか玄関で待ち合わせた方が効率が良いのだが、そろそろ招待客もかなりやってきている時間だろう。流石にそんな場所で見せ物になりたくはない。

 カリーナが目印のベンチに着くと、そこには既にケヴィンがいた。


「ケヴィン、待たせたわね」


 呼びかけると、ケヴィンは当然のように立ち上がって振り返る。今夜のケヴィンは深緑色の夜会服に黄色いチーフを合わせていた。カリーナのドレスの色を知っていたから、チーフは揃いの色を選んだのだろう。

 当然だが、普段近衛騎士の制服と気軽な私服しか見たことがない相手の夜会服姿というものは、なかなか破壊力があるものだ。カリーナは照れを隠し、なんでもないふうを装った。


「ううん。待ってないから大丈──」


 ケヴィンがカリーナを見て目を瞠る。驚いているのか、言葉も中途半端に途切れた。


「……何よ」


「あ、ああ、いや。カリーナ、だよね?」


 自分でも心から似合っているとは思っていない。だから褒めて欲しいというわけでもないが、それでももう少し言いようがあるだろう。カリーナは一瞬感じたときめきをなかったことにして笑い飛ばした。


「そうよ。こういうの慣れてないから、変な感じだけど……まあ、こんなもんでしょう」


 この程度には仕上がったことが、むしろ奇跡と言っていい。実家はそれなりに裕福な商家だが、貴族や一部の大商家とは違って、社交界への出入りはない。カリーナにとってこれが初めての夜会だ。

 元々お洒落は好きだが、それは普段着の範囲内のもの。こういう華やかな衣装は見るだけで充分だ。なんならそれでソフィアを飾りたいと思ってしまう。

 今日はケヴィンの頼みを聞くため、ソフィアの大切な宴を見守るために、こうしてドレスを着ているが、正直、動き辛くて仕方ない。ドレスが重くて、戦える気がしない。こんな服をしょっちゅう着ているソフィアは、本当に偉い。


「そんなことないよ。可愛い、可愛いから!」


 ケヴィンが慌てているのか、真っ赤な顔で言い募る。とってつけたような言葉でも、可愛いと言われて悪い気はしなかった。


「そう? それより、ケヴィンこそ見慣れない格好してるわよ。そうしてると、本当に貴族なんだなって感じ」


「それでも、君が知っている僕が僕だよ。行こう、カリーナ」


 丁寧に整えられ、艶のある栗色の髪。人懐っこい笑顔。すっきりとした体躯にぴったりの夜会服は、きっと身体に合わせて仕立てたものだろう。

 ケヴィンは困ったように髪を掻こうとし、夜会のために整えてあることに気付いて行き場のない手を下ろした。その手が、カリーナの目の前に差し出される。


「え、なにこれ」


「手、ちょうだい。流石に、今日はエスコートさせてくれるんでしょう」


「そ、そうね。はい、どうぞ」


 おずおずと差し出した手を、支えるように導かれる。

 ケヴィンの手は、大きくて、硬い、剣を握る男の手だ。カリーナとあまり背が変わらなくても、下手な令嬢より可愛い顔をしていても、やはりケヴィンはカリーナにとって、魅力的過ぎる男なのだ。

 今更になって、求婚まがいに励まされたことを思い出す。あれは、どこまでが冗談だったのだろう。もう聞けなくなってしまったその疑問は、ずっとカリーナの心の中で小さな靄として残ったままだ。

 斜め前を歩くケヴィンの背中は、カリーナが思っていたよりも大きかった。




   ◇ ◇ ◇




 大広間の扉が、目の前にある。

 招待客は遅れてくる者以外は揃っている。エルヴィンとクリスティーナは先に中で客達に挨拶をしているはずだ。本来主催のソフィアとギルバートが先に会場にいるべきだが、今日に限ってはそうではない。二人の結婚を披露する宴なのだ。代わりに、最後に入場し、ファーストダンスを踊り、夜会を始めるという重要過ぎる役目がある。

 ギルバートが気遣わしげにソフィアに目を向けた。


「ソフィア、気分はどうだ」


「──緊張していますが、大丈夫です」


 ソフィアはギルバートが差し出した左手に、そっと右手を重ねた。ふと、ギルバートと繋ぐときに差し出される手は大抵左手だと気付く。

 今日もギルバートの懐には護身用の短剣があることをソフィアは知っていた。護身用とはいえ、ギルバートが使えばそれは護身の範囲を超えて武器として活躍するものだろう。万一を考えているのか、それとも騎士としての習慣故か。きっとギルバートは、右手はできるだけ空けておきたいと思っている。

 この人と、ソフィアはこの先もずっと一緒に歩んでいくのだ。


「側に、いてくださるから」


 手の震えに、気付かれなければいい。覚悟ならばもう充分過ぎるほどにできているのだ。

 ソフィアは微笑みを浮かべて、ギルバートを見上げる。ギルバートは当然のように甘く微笑み返してくれた。


「ああ。側にいる。これからずっとだ」


 扉が開く。

 これからの二人の未来を祝福する光が、会場中に満ちていた。

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