これからの未来を、二人で5
カリーナ目線です。
◇ ◇ ◇
「──うわあ。これ、絶望的に似合ってない気がする……」
カリーナは自身の部屋の鏡の前で、たった今着替えたばかりの黄色いドレスを見下ろして溜息を吐いた。
時間は、今から数週間前に遡る。
ギルバートがまだ任務で邸を留守にする前のことだ。
その日のカリーナは、仕事を終え、私服に着替えて外食に出ていた。次の日は休日で、こういった日は大抵お気に入りの店に足を運ぶ。食事も酒も種類の多いその店は、カリーナとケヴィンの定番だ。
ケヴィンには騎士団宛に短い手紙を出している。用事がなければ来るだろう。恋する乙女らしく会いたい気持ちはあったが、別に来なければ来ないで一人で美味しく食事を楽しむだけだ。
ケヴィンもまた予定なく外食をするときには、カリーナに短い手紙をくれることがあった。カリーナが行っても行かなくても、ケヴィンはケヴィンなりに楽しく過ごしているらしい。
約束をすることもあるが、大抵はなんとなく会う。
こんな関係が、カリーナにはとても居心地が良かった。
「カリーナ。お疲れ」
声をかけられて振り返ると、そこにはケヴィンがいた。気軽な店に合う軽装である。仕事終わりにシャワーで汗を流してきたのか、髪がほんの少し湿っている。
カリーナは笑顔で向かいの席を進めた。
「お疲れ様。今日は仕事?」
「ああ、うん。でも明日休みだから丁度良かったよ」
ケヴィンは慣れた様子で椅子に座り、店員を捕まえて酒といくつかの料理を注文した。
「あら、偶然。私も明日休みなの」
「じゃあ、今日は心置きなく飲めるね。──来た来た」
頼んだ酒はすぐに来た。店員から受け取ったケヴィンが、グラスを持って軽く掲げる。カリーナもそれに従って、飲みかけの酒のグラスを重ねた。氷がからんと揺れて、ガラスがぶつかる小気味良い音がする。
「明日の休みに、乾杯!」
「乾杯!」
甘くない酒はするすると喉を通り抜けていく。爽やかな炭酸が気持ちよかった。
「それにしても、あんた、せめて髪くらい乾かしてから来なさいよ」
「え。乾いてない? あー、ごめんごめん。副隊長みたいに乾かせたら楽なんだけど、あれは真似できないからさ」
ケヴィンが、自身の髪を軽く摘んで苦笑する。
カリーナはそのなんでもない仕草にどきりとした。カリーナよりも薄い色で、柔らかそうな髪だ。触れてみたいと思ったことはあるが、自分の髪よりもさらさらとしていそうなそれに触れる勇気はまだない。
そもそも気軽に会ってはいるが、付き合ってもいないのだ。友達だと言い切るには少し近過ぎる関係だが、想いを伝えてもいないのだから恋人ではないだろう。そもそも、ケヴィンがカリーナに抱いている気持ちが、恋だとも限らない。
「旦那様みたいにって……ああ、あれ。でもケヴィン、魔法使えるんでしょ?」
「使えればできるってものじゃないんですー。ああいう、微妙な出力のが一番難しいんだから」
「そういえば、他にやってる人見たことないわね」
ソフィアがギルバートに毎日やってもらっている、髪を乾かす魔法。当然のようにやっているあれは、実は難しいものらしい。ああやって一瞬で髪を乾かせたらきっと傷み辛い。魔道具で乾かすよりずっと楽だろうと思ったが、どうやらそう簡単なことでもないようだ。
「当たり前。そもそも男所帯のシャワー室でちまちま髪乾かしてられないからね。一応備え付けの魔道具もあるけど、使う人いないし」
「あ、そうなんだ」
会話の合間に、またグラスを傾ける。カリーナもケヴィンも、それなりに飲める方だ。ケヴィンは先にカリーナが頼んでいたサラダを自分用に小皿に取り分けて食べていた。
「そうそう。それに僕、今日はちょっとカリーナに頼みたいことがあってさ。どうしても会いたかったんだよね」
「え、何よ。改まって」
どうしても頼みたいこと、と言われると、カリーナも身構えてしまう。ケヴィンがカリーナに頼み事など、任務に関わること以外にこれまで一度もされたことがない。
グラスをテーブルにおいて怪訝な目をしたカリーナの前で、ケヴィンはフォークを置き、両手をばんとついた。それから、皿に突っ込んでしまうのではないかというほどの勢いで、頭を下げる。
「──お願い! 副隊長とソフィア嬢の結婚披露宴、一緒に行ってください!!」
ギルバートとソフィアの結婚披露宴というと、今カリーナの職場が大変な忙しさになっている理由のもので間違いないだろう。披露宴といっても、オフシーズンに結婚式を挙げた二人のお披露目の意味を込めた夜会なので、そう堅苦しいものではない。
ただ、それを主催するギルバートとソフィア、そして実際に走り回っている使用人にとっては、堅苦しさに関係なく大忙しだ。
確か、大広間を舞踏会の会場として使い、敵対派閥以外の貴族は殆ど招いた大掛かりなもののはずだ。王太子であるマティアスと、その妻エミーリアも来るという。カリーナは王太子夫妻を遠くからしか見たことがなかったため、サルーンあたりで少しでも近くで見ることができるかもしれないと少し楽しみに思っていた。
だからこそ、ケヴィンの誘いには致命的な問題がある。
「その日、仕事だけど」
ソフィアの侍女であるカリーナが、その日に休みをとれるはずがないのだ。そもそも、そんな大切な日のソフィアの身支度を、他の者に任せきりにするつもりもない。
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