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これからの未来を、二人で4

 執務机で書類を見ながらハンスと話をしていたギルバートは、ソフィアが部屋に入ると手を止めた。時計で時間を確認して、ハンスに後で迎えに来るようにと指示を出している。

 ハンスはソフィアと入れ替わりに部屋を出ていった。

 ソフィアは執務机の正面に立つ。ギルバートの前に立つことに、いつも以上に緊張した。


「ギルバート様、お待たせしました。どう……でしょうか」


 ソフィアは自身のドレスを見下ろしてから、ふわりと裾を広げて首を傾げた。主役だからと用意された色鮮やかなドレスは、ソフィアには少し派手ではないかと、似合っているか少し不安だった。

 まして今日は、ソフィアがフォルスター侯爵夫人として侯爵家で主催する初めての夜会だ。披露宴の体で行うこの夜会には、多くの貴族が集まる。邸で一番広い大広間が、ダンスフロアとして埋まるほどの人数が集まるのだ。

 ギルバートが緊張に顔を硬くしているであろうソフィアを見て、僅かに表情を緩める。


「よく似合っている」


 小さく頷いたギルバートが、立ち上がってゆっくりと歩み寄ってきた。


「……私は、夜会はあまり好きではない」


 その首元のクラヴァットがソフィアのドレスと同じ翡翠色で、どきりとした。今はコートスタンドにかけられている黒い上着のポケットにも、同色のチーフが入っている。その鮮やかな色が、目に焼き付いた。


「私が当主になって以来、この邸で夜会を開いたことはなかった」


「はい。存じています」


 とん、とん。絨毯の上で鳴る少し軽い足音が、近付く距離をより強く意識させる。


「だが」


 ソフィアのすぐ前で片膝を付いたギルバートが、両手でソフィアの右手を取った。その右手の瘡蓋は剥がれ、少ししたら消える薄い傷痕だけが残っている。それが痛々しくて、同時にとても愛おしかった。

 藍色の瞳の中に、ソフィアがいる。ギルバートの瞳に映るソフィアは、どうしようもなく、恋をしている少女の顔をしていた。

 ギルバートの唇が、右手の甲に触れる。


「ソフィア。お前を私のものだと皆に披露できる今日は、悪い気はしない」


 ギルバートが、ふわりと顔を綻ばせた。

 その甘い表情にソフィアは頬を染める。こんなに無邪気に無防備に笑いかけられることには、まだ慣れていない。


「ギルバート様……っ」


 赤くなった頬を隠すように俯いても、ソフィアを見上げるギルバートの視界から隠れることはできない。手を握ったまま立ち上がったギルバートが、右手をソフィアの頤に添えた。

 口付けをされるのだと気付いて、思わず目を伏せる。

 しかし待っていたものはなかなか訪れず、どうしたのかと目を開けたソフィアは、至近距離にあった端正な顔に固まった。

 ギルバートはソフィアの唇を見つめて、何かを考えている。


「──……口紅が落ちてしまうか?」


 その口から零れた呟きに、ソフィアは狼狽した。

 ソフィアは熱が集まってくる顔に気付かない振りをして、口を開いた。


「ぬ、塗り直してもらいます……」


「ふ、そうか。なら、構わないな」


 ギルバートは柔らかく微笑むと、目を逸らせずにいるソフィアに口付けを落とした。閉じる機会を失った目には、艶やかな銀の髪が映っている。


「あ──……」


 呑み込んだ言葉は、言葉になることがなかった。

 口付けはソフィアの心に残っていた最後の不安まで、魔法のように融かし消していく。緩く抱き締められてようやく瞳を閉じると、瞼の裏は幸せな光景に満ちていた。

 これから先、きっと、ソフィアは大丈夫だ。だって、ギルバートと共に、夫婦として愛し合い、家族として側にいるのだから。

 唇が離れたとき、ギルバートは、大切にしまっていた宝石を取り出したときのような顔でソフィアを見下ろしていた。


「……大丈夫だ。緊張はするだろうが、私が側にいる」


 それは、ソフィアがたった今思ったことと同じ言葉だった。

 心を読んでもらわなくても同じことを感じていられた奇跡に、嬉しくなる。


「はい」


 ソフィアは返事をして、ギルバートのエスコートでソファに腰掛けた。いつも以上に、ドレスの裾に皺が寄らないよう注意した。

 ギルバートが隣に座り、用意されていた果実水をソフィアの分まで注いでくれる。それに礼を言って喉を潤すと、ソフィアは、言いそびれていた言葉を思い出した。


「あ……ギルバート様」


「なんだ?」


 改めて言葉にするのは恥ずかしいが、今日は、伝えるべきだろう。爽やかな柑橘のような香りは、ソフィアにいつも勇気をくれる。


「私も、お側におりますからね?」


 これまでも何度か口にしたその言葉を、ソフィアはまたギルバートに伝えた。


「それは、何より心強いな」


 ギルバートが嬉しそうに笑って、ソフィアの右手に自身の左手を重ねた。

 宴までの僅かな時間だが、いつも通りに過ごすことができる幸福に、ソフィアは心からの笑みを浮かべた。

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