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令嬢は黒騎士様の役に立ちたい7

「ねえソフィア、聞きたいんだけど」


「──どうしたの、カリーナ?」


 ソフィアは急に真面目な表情をしたカリーナに驚き、僅かに身体を引いた。寒くなるにつれて、裏庭でのランチは人気がなくなっていく。使用人ホールで食べる人が増えたお陰で、二人は色鮮やかなプリムラの花壇の前のベンチに座ることができた。咲き始めのプリムラは、少しずつ冬が近付いていることを教えてくれる。今夜はギルバートはマティアスの護衛として夜会に出席するらしい。ソフィアは、夜は勝手に浴室を使って構わないと言われていた。


「ギルバート様のことよ。毎晩部屋に行っていて何もないなんて、逆におかしいわ」


 カリーナは当然だとばかりにソフィアに詰め寄った。ギルバートは手に触れ頭を撫でてくるが、それ以上のことをすることはない。大切に扱われ過ぎて、特別だと錯覚してしまいそうになるほどだ。


「でも……本当に、何もないのよ。ただ少し話して帰るだけだもの」


「こう、甘い雰囲気になったり、抱き締められたり。しないの?」


「……ないかな」


 苦笑してホットサンドを頬張れば、卵とベーコンの旨味が口に広がる。ソフィアとカリーナは歳が近いこともあり、最初に仕事の引継ぎを受けて以来友人のようになっていた。明るく元気なカリーナは、いつもソフィアを励ましてくれる。王都での初めての友人に隠し事をするつもりはないが、ないものはないと言うしかない。そもそもギルバートにはカリーナが期待するような気持ちはないだろうと、ソフィアは思っている。


「──じゃあ、ソフィアはギルバート様のこと、何とも思ってないの? 前に泣いたのだって、あの方のことだったじゃない」


 フォルスター侯爵家に来たばかりのころ、ギルバートの事情を知って泣いたことだとすぐに分かった。その質問は、ソフィアの心の弱い場所を的確に突いてくる。正面から見つめられれば逃げ場はなく、ソフィアは項垂れた。


「ギルバート様のことは……素敵な方だと思うわ。だけど、私なんかじゃ釣り合わないし──想ってはいけない方だもの」


 絞り出すように言えば、カリーナは思わずというようにソフィアから目を逸らした。ギルバートは侯爵で、騎士で、優しくて、魔力も強くて、見目も良くて、王族からの覚えもめでたい。何も持っていないソフィアが特別な感情を抱くなど、烏滸がましいと思った。事情を全て知っている訳ではないカリーナでも、不用意に踏み込んだことを後悔しているようだった。


「ごめん」


「ううん、私こそごめんなさい」


 ソフィアを知ろうと繰り返される会話も、繫ぎ留める優しい手も、髪に触れ、頭を撫でる温かさも──恋に落ちるには充分過ぎる。氷のような表情の内に秘められた熱を知ってしまえば、失うことも終わってしまうことも怖くなる。だからこそ、決して言葉にしてはいけない。気付かない振りをソフィアはまた繰り返す。


「──ソフィア、食べましょう!」


 ソフィアよりカリーナの方が泣きそうな顔をしていた。それだけソフィアのことを考えてくれているのだろう。こんな日々が過ごせるなど、レーニシュ男爵家にいた頃には思いもしなかった。


「あのね、カリーナ」


「なあに?」


 ホットサンドから視線を上げたカリーナは、ソフィアを見てぽかんと口を開けた。今自分はどんな表情をしているのだろうか。幸せそうに見えていれば良い。


「──私は、ギルバート様のお役に立てていれば幸せ。だから……ここで働けて嬉しいの。カリーナとも会えたし、ここの皆はとっても優しいもの」


 偽りのない本音だった。暖かい場所で優しい人の中で、ソフィアは毎日恵まれていると感じている。カリーナはソフィアの手を握り、ぱっと笑顔を浮かべた。


「私も幸せだわ。……あ、そうよ。幸せって言えば、お給料日じゃない。今日は仕事終わったら、ハンスさんのところに行くわよ!」


 それまでのしおらしさが嘘のように表情を輝かせたカリーナに、ソフィアは驚き目を見張った。


「……お給料日?」


「そうよ、働いてるんだもん。──え、ソフィアもしかして、考えてなかったの?」


「だって、私、拾われてきたから──」


 思わず顔を俯けたソフィアを、カリーナは信じられないものを見るような目で凝視している。


「関係ないわよ、仕事は仕事! いいから、終わったらサルーンにいてね。一緒に行きましょう」


 カリーナはソフィアが頷くのを確認すると、満足げに食事を再開した。ソフィアもバスケットからカップを取り出し、少し冷めたスープを口に運ぶ。言ったことに嘘は一つもない。それでも心の奥の小さな痛みは消えてくれなかった。





「──カリーナさん、ソフィアさんを連れてきてくれてありがとう」


 執事頭であるハンスの執務室は、地下の使用人ホールの隣にある。カリーナと共にやってきたソフィアは、ハンスから安心したような笑顔を向けられた。


「ソフィアさんに伝わっているか不安だったんですよ。はい、今月分の給料になります。お疲れ様でした」


 手渡された封筒の中には、紙幣と硬貨が入っているようだ。ソフィアは受け取った封筒に驚きを隠せない。


「え、あの……こんなにもらえるんですか?」


 固まっているソフィアの手元をカリーナが覗き込む。その封筒は、カリーナのものと厚みはそう変わらない。むしろ少し薄いのではないか。


「──普通よ?」


「ソフィアさん、これはフォルスター家の住み込みのメイドの初任給と同額です。多くはありませんよ」


 諭すようなハンスの言葉に我に返る。これまで男爵令嬢として過ごし、ほとんど家から出ずに暮らしていたソフィアにとって、手元にあった現金は、幼い頃に両親にもらった数枚の硬貨だけだった。


「あ、あの……ありがとうございますっ。これからも頑張ります……!」


「ハンスさん、お疲れ様でした」


「二人共、よろしくお願いしますね。今日もお疲れ様でした」


 ハンスの執務室を出たソフィアは、カリーナに腕を引かれ使用人ホールへとやってきた。夕食を取りながら話をすれば、カリーナは目を丸くしている。


「──嘘でしょう? 私なんて欲しいものだらけだっていうのに……! ソフィア、買い物には一人で行っちゃ駄目よ。絶対騙されるわ」


 私でも他の誰かでも良いから声をかけなさい、とカリーナは念を押す。素直に頷けば、安心したように表情を緩ませた。

 ソフィアは初めて自分で働いて手にしたお金が嬉しかった。何をどのくらい買えるのかも分からないが、ソフィアが認められている証拠のように思える。ここにいて良いよと誰からでもなく言われているようで、心がぽわんと温かくなった。

※プリムラ:11月から4月にかけて咲く園芸植物。

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