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黒騎士様は未来を掴み取る3





 その夜、ギルバートは一人で使っている天幕の中で溜息を溢した。

 猫を助けるために無茶をしたギルバートは、ほぼ魔力を使いきっていた。攻撃魔法を使っていた魔法騎士達も、その半数以上は魔力がかなり少なくなっていた。魔力の残量は、特に魔力の多い者ほど、気力と体力に直結する。魔力の残量が少ない状態の魔法騎士は、普通の騎士よりもずっと役に立たないのだ。

 しかし被害に遭った集落の後片付けのためには、魔法騎士が動いた方が効率が良い。復興は難しいかもしれないが、ここに住んでいた人々が避難するときに持ち出せなかった回収したいものもあるだろう。特にがれきを持ち上げるのは、手作業と魔法では作業効率に大きな差がある。

 明日以降の作業のために、今日は最低限の竜の処理を済ませ次第、早めに休むことになったのだが。


「みゃう」


 ギルバートは右前足の治療済の包帯の端の糸で遊んでいる猫を横目に見た。

 天幕の中にいるのは、ギルバートと猫だけだ。他の騎士の声も聞こえない。

 ギルバートが他の騎士達から離れた場所に天幕を張ったのは、腕輪が壊れてしまっているからだった。他の天幕で使う魔道具に干渉しないように、そして不足した分まで満たそうと恐ろしい早さで作り出される魔力が万一暴走したとき、被害が拡大しないように。腕輪があれば暴走の危険はないのにと、どうにもならないことを思う。

 身体の内側に満ちていく魔力を制御するのには精神力が必要で、ギルバートは一人、それが正しく行われるように意識を向けていた。

 だから、いつもならばもっと早く気付く足音に直前まで気付かなかった。

 荒れた地面を踏みしめる、質の良い靴の音だ。聞き慣れた歩調は、しかしこの場にはいる筈がない者のものだった。


「──失礼するよ、ギルバート」


「殿下……!?」


 天幕の入り口の布を捲って顔を覗かせたのはマティアスだった。旧道具のランプの炎で揺れた光が、お忍び用のくすんだ色の外套に影を作る。護衛騎士も誰も連れていないところを見るに、本当にお忍びでギルバート達も使った近くの転移装置でやってきたのだろう。

 驚きに揺れた感情が、魔力を波打たせる。ギルバートは慌てて感情を揺らさないよう努めて平静になろうとした。


「叔父上から連絡を受けて来たんだが……なんて顔をしているんだ」


 からかう口調のマティアスが、ギルバートの横にいる子猫をちらりと見て苦笑した。どうやら、一部始終を聞いてきたようだ。


「申し訳ございません」


 ギルバート自身、自分の行動が信じられなかった。

 このままでは明日以降の任務に支障が出てしまう。それどころか、腕輪が無ければ、魔道具である移動装置を使って帰ることすらできないのだ。地道に野宿を繰り返しながら帰る想像をして、また後悔した。するべきことは沢山あり、邸にはソフィアを待たせているのに、この為体だ。

 溢れそうになった溜息を呑み込む。

 ギルバートの様子を見ていたマティアスが、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。


「困っているんじゃないかと思ってね。これを持ってきたよ」


 マティアスが笑顔でポケットから取り出したものは、ギルバートの腕輪だった。 ギルバートはそれを見て目を瞠った。はい、と気軽に渡され、すぐにいつもと同じ位置に身につける。途端に体内の魔力が腕輪を堰堤として落ち着いていくのが分かった。

 腕輪の予備は、念のために自宅と職場に置いてある。マティアスもそれを知っているから、話を聞いて持ってきてくれたのだろう。勝手に荷物を漁られたことに関しては思うところが無いわけではなかったが、緊急事態なので仕方がないだろう。

 ギルバートがほうと息を吐くと、子猫が安定しない歩調でギルバートの膝の上に乗った。


「──……お気遣いありがとうございます」


「はは、珍しいものが見れただけでも、ここまで来た甲斐があったというものだよ」


 そう言ったマティアスがギルバートの側に腰を下ろし、子猫を撫でようと手を伸ばした。猫は窺うようにその手を見たが、すぐに興味がないというようにふいと顔を背け、ギルバートの腹に頭を預けて眠る姿勢になってしまった。

 マティアスはまじまじと猫を見て、それからぷっと吹き出した。


「ふ、ふふ……そうか、ご主人が良いか。ギルバート、もうすっかり懐かれているじゃないか」


「猫なりに守られたと理解しているのでしょう」


 あの場でギルバートが無茶をしなければ失われていた命だ。猫であっても、気が休まらなくて当然だろうと思う。

 ギルバートの説明に納得している筈だが、マティアスは未だ笑い続けている。理由を問うようにマティアスを見ると、笑い過ぎて滲んだ涙を手の甲で拭った。


「そうだね、そうなんだけどね。──いや、嘘から真が出たな、と」


 ギルバートははたと子猫を見下ろした。

 薄茶色の毛に、深緑色の瞳。ギルバートが以前アーベル達に聞かせた『猫』の容姿にそっくりだ。侯爵邸に連れて帰って身綺麗にしたら、毛もふわふわになるだろう。


「命がけで子猫を助けたなんて、ギルバートもすっかり愛猫家だね」


 マティアスの笑い声に、ギルバートも思わず笑いを漏らした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子猫とギルバート…可愛い とはいえ万が一ギルバートに何かあったら残されるソフィアさんが可哀想すぎるし、心配かけてソフィアさんに叱られるギルバート様をちょっと見てみたいので帰ったらしっかり叱ら…
[一言] 腕輪壊れちゃったのか。大変。 ソフィアに似ているねこちゃん。 可愛い~!( *´艸`)
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