黒騎士様は未来を掴み取る1
◇ ◇ ◇
かつて集落があったその場所は、すっかり荒れてしまっていた。
未だ上がり続ける黒い煙と、ところどころに残る魔法の痕。最初こそティボー辺境伯領軍が交戦し、魔法を使えるものが抵抗していたようだが、時間と共に押し負けたことが分かる。
王都から魔法騎士の部隊が到着した時点で、彼等はこの土地を捨てる代わりに、領民達を逃がすことに成功していた。これだけの被害なのに、奇跡的に死者は出ていないのだそうだ。
今は魔法を使えるものが皆で協力し、先の村でどうにか結界を張っている。
七体の竜は、この集落と農地、そして近くの森を、好き勝手に荒らしていた。炎が二体、氷が二体、雷が二体、風が一体。単体ならばそう大きくならないはずの被害が、組み合わさることで拡大している。唯一の救いは、風竜が炎竜の火を広げようとするのを、偶然にも氷竜が止めていたことだろう。
いくら夜間の討伐は危険だとはいえ、この惨状を見ると出発までにかかった時間が惜しい。
「──これは」
思わず声を漏らしたギルバートは、眉間に皺を寄せた。他の者も息を呑んでいる。
魔獣討伐をすることも多い魔法騎士だが、ギルバートを含めた誰も、このような光景を見たことがなかったのだ。朝日を受けて輝く鱗を身に纏った竜達はどこか幻想的でもあり、それ故に余計に困惑が隠せない。
「──作戦開始!」
魔法騎士達を率いてここまで来た騎士団長が、空気を切り裂くような鋭い声で指示を飛ばした。命令を受けて我に返った者達が、それぞれが自身の受け持つ竜の側へと駆けていく。
ギルバートは騎士団長の側から動かず、ただ右手首の腕輪にそっと触れた。ギルバート以外のこの場に残っている騎士は、戦闘が始まってから動くことになっている者達だ。
騎士団長がちらりとギルバートを見た。
「フォルスター。私は、このような光景を見たことがない」
「私もです」
短く答え、ギルバートは自身の体内を巡る魔力に意識を向けた。ゆるゆると流れる巨大な川のようなそれを、魔道具の腕輪を媒介として練り上げていく。ギルバートの場合、普通に魔法を使うより、この方が精密な魔法が使用できた。
作り上げたのは、巨大な魔力の檻だ。全ての魔法と魔物を遮る、七つの檻。
「──……今だ」
それを、竜を囲うようにして空から落とした。
けたたましい音がしたかのような錯覚がする。魔力の檻には実体が無いので、当然そのような音はしていないのだが。
この檻の中でならば、魔法騎士は躊躇無く攻撃魔法を使うことができる。同時に魔獣は逃げられず、その攻撃も檻の外には出ないので、周囲を気にする必要もなくなるのだ。
この結界を作ることができる者はギルバートの他にもいるのだが、複数の結界を維持できるだけの魔力がある者はいない。ギルバートの今回の任務は、全ての竜の討伐が終わるまで、結界を維持し続けることだ。
「……七体の竜が、何故この地に集まったのか」
騎士団長がぽつりと呟く。その視線の先では、魔法騎士達が炎を、水を、風を、土を、激しく抵抗する竜にぶつけていた。少し場が動いたのを見て、やがて待機していた騎士達も戦闘に加わっていく。
残ったのは、指揮をとる騎士団長と、結界を維持しているギルバートだけだ。
「この地に何か竜を引きつけるものがあるか、何らかの作為によるものか……私には判断ができかねます」
「そうだな」
檻の中で暴れている竜は、日が高くなるにつれて、七体だったものが六体に、五体に、と減っていく。
魔法騎士は、魔法を使えるだけではなることができない。一定以上の魔力がなければならないのだ。そして、更に厳しい騎士団の入団試験を潜り抜け、一定以上の訓練を継続しなければならない。その前提を満たしている者達が周囲への被害を考慮に入れずに戦うのだから、何もなければ勝敗は決まっているようなものだ。
竜に圧倒されている魔法騎士は既におらず、半数以上の者が嬉々として大魔法を放っていた。
不要になったところから順に檻を消していくと、ギルバートにも周囲を見る余裕ができてくる。やはり、七つの檻を維持するのにはかなり精神を消耗していたようだ。
残る檻は二つ。一方が炎竜、もう一方が雷竜だった。
炎竜は水魔法と氷魔法によって体表温度を下げられ、吐く炎の勢いが弱くなっている。この様子では、もうすぐ討伐が済むだろう。
むしろ、雷竜の方が苦戦しているようだった。だがこちらも先に討伐が済んだ者が応援に参戦しているので、問題はなさそうだ。
「まもなくか」
騎士団長の声を耳で捕らえながら、ギルバートは戦況を注視していた。
戦闘中の騎士達は、目の前の竜しか見えていない。領民の避難が完了し、騎士しかこの場にいないのだから問題はないはずだが、何故かギルバートは胸騒ぎがした。
「──……あれは」
雷竜の檻の中、何人もの魔法騎士が魔法を練っている。地に座し電流を発する雷竜に、一斉にとどめの一撃を発しようという、そのときだった。
檻の中のがれきの影に、何か動くものがあった。
それは小さく、遠目にも人ではないことが分かる。
すっかり明るくなった光で照らされたその色は、見慣れた薄茶に良く似ていて。
「みゃー……」
ギルバートの目が、弱々しく鳴く猫の、深緑色の瞳と目が合った。