令嬢は未来を希う5
ソフィアの部屋には誰もいない。それを知っているのは、先程までの茶会に出ていた全ての者だ。もしもソフィアのものを盗むつもりがまだあるならば、きっとまたやってくるはずだ。それを魔道具で撮影できれば、証拠になる。
部屋の中の貴重品はすべて鍵のかかるところにしまった上で、あえて部屋の鍵は開けてあった。
その日の夜になって、ソフィアはハンスとカリーナと共に魔道具を確認した。
「これは……」
「……ええと。まあ、私も正直どっちかだとは思ってたけど」
ハンスとカリーナが呆れたように言う。
ソフィアは確認された二人に、思わず溜息を吐いた。
「──リリア様と、ビアンカね?」
窓が一緒に映っているので、大体の時間が分かる。
リリアがやってきたのは昼間だ。何度かソフィアの部屋の扉を叩き、返事が無いことを確認すると、そっと中へと入っていった。出てきたときには両手に布のようなものを持っていたので、部屋から持ち出したのだろう。リリアが持っていったものは、罠として置いていたドレスだった。
ビアンカがやってきたのは夕方だった。ソフィアの部屋の扉を強めに何度も叩き、返事がないと分かると中に入っていった。出てきたときには何も持っていなかったが、逃げるように走っていったのが気になった。
首を傾げていたソフィアに、ハンスが苦笑する。
「ともあれ、お二人のうち窃盗を行ったのはリリア様ということで間違いはないでしょう。まったく、ジェレ子爵がソフィア様にわざわざ謝罪して庇おうとしていたというのに、本人は愚かなものです」
「知って……」
「カリーナが報告してくれていますよ。奥様は、お優し過ぎます」
ハンスが小さく嘆息する。ソフィアは慌てて首を振った。
「そんなことは」
「ビアンカ様が何をしにいらしたかは分かりませんが……ともあれ、犯人はリリア様でしょう。ソフィア様、覚悟はよろしいですか?」
ハンスの言葉に、ソフィアはしっかりと頷いた。リリアの元に行き、髪留めを取り返さなければならない。
ソフィアは立ち上がって、ぎゅっとスカートの裾を握り締めた。
「行きましょう。……カリーナ、一緒に来てくれる?」
「勿論。私、ソフィアの侍女なんだから。ソフィアが戦えるように支えるのが仕事よっ」
カリーナが、どんと自身の胸を叩く。ソフィアはそれがとても心強くて、小さく笑って立ち上がった。
リリアとマルセルの部屋は、客間の一室だ。連れてきた使用人のために、隣の一室もあわせて使ってもらっている。ソフィア達はまず、先に使用人が使っている部屋の前に侯爵家の護衛を置いた。念のため、窓の下にも配置しておく。リリア達と話している間に使用人に証拠を隠蔽されてしまっては困る。
ソフィアはゆっくり息を吐き、しっかりと吸ってから、子爵夫妻が使っている部屋の扉を叩いた。
「──ソフィアです。今、よろしいでしょうか?」
先触れは出していない。室内でがたがたと慌てるような音がした。少しして、使用人が扉を開ける。立ち上がったマルセルがこちらに歩み寄ってきた。
「い、いかがなさいましたか。こんな夜に」
ソフィアがちらりと中を覗いてみると、リリアは部屋の奥のティーテーブルにいるようだった。寝台の柱が邪魔で、顔は見えない。
ソフィアは優雅に見えるよう、感情を隠す微笑みを作った。
「リリア様とお話をさせていただきたくて」
ソフィアとリリアが夜に訪ねて話をするような良好な仲ではないことを知っているマルセルは、不安そうに眉を下げた。リリアの方に目を向け、出てくる様子がないことを確認すると、ソフィアに向き直る。
「リリアでございますか? しかし──」
「奥様が仰っているのです。お分かりですよね?」
断ろうとしたであろう言葉を切って口を挟んだのは、ソフィアの後ろに控えていたハンスだ。はっきりと言わないまでも、ソフィアがフォルスター侯爵家の本家の人間であることを言外に匂わせている。
マルセルはハンスの態度に一瞬で顔色を変えた。それはまるで、ソフィアが侯爵家の女主人であることをたった今思い出したというようだった。
「リ、リリア。奥様が貴方に話があると」
「今お茶してるって、見て分かんないの?」
リリアがマルセルにぴしゃりと言った。
ソフィアは微笑みをしっかりと貼り付けたまま、客間に入る。マルセルは止めなかった。止められるはずが無いのだ。本来、ソフィアの行動を制限することは、侯爵家の分家であるジェレ子爵には許されない。
室内は綺麗に整頓されていた。端に置かれたトランクは、しっかりと蓋がされている。
「リリア様、こんばんは」
リリアの視界に入る位置に立つ。目が合った瞬間、リリアは酷く嫌そうな顔をした。
「お約束もなく勝手に入られるなんて──」
「私のドレスと髪留め、返していただけますか? 今なら、許してさしあげますから」
ソフィアはリリアの言葉を最後まで聞かなかった。代わりに、端的に目的を伝える。そうすることで聞き手の意識を引きつけることができるのだと、話し方の教本に書いてあった。その内容を思い出していく。決して目を逸らさず、背筋は伸ばし、言葉に力を乗せる。ソフィアはその通り、完璧にやって見せた。
リリアが目を見開く。しかし、リリアより早く口を開いたのはマルセルだった。
「……どういうことですか?」
マルセルの顔色は、以前ソフィアの部屋に来たとき以上に悪かった。
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