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令嬢は未来を希う4





 作戦を伝えるとエルヴィンは驚き、笑って許可を出した。クリスティーナはソフィアを心配して無理はしないようにと言ってくれたが、ソフィア自身の意思が固いことを知ると一転、思い切ってやりなさいと、今日のためのドレスを一緒に選んでくれた。

 二人の思いのためにも、協力してくれるハンスとカリーナ、そしてフォルスター侯爵家の護衛達のためにも、成功させなければならない。ソフィアはしっかりと背筋を伸ばした。


「今日はありがとうございます。こうして一緒にお茶ができて、嬉しいです」


 ソフィアは庭園のコスモスに囲まれた四阿に準備された茶会の席で優雅に微笑んだ。

 クリスティーナが選んでくれたドレスはクリーム色で、レースが手首と首周りだけという、装飾が少ないものだ。代わりに、よく見ると裾周りには生地と同色の糸で花と蝶が刺繍されている。柔らかな色味のせいもあって、緩く髪を纏めたソフィアは、秋らしい鮮やかな色の中、儚く優しげな印象だった。


「私こそ、奥様とお話しできて嬉しいよ」


 ベアトリスがにかっと笑う。その曇りの無い笑みが、ソフィアの心を軽くした。リリアが慌てたように口を開く。


「そ、その……私も、ありがとうございます」


 ソフィアはゆっくりと首を振った。


「いいえ、リリア様。先日のお茶会では体調を崩されたとのこと……もうよろしいのですか?」


「ええ。ご心配をおかけしましたわ」


 リリアが微笑みを作り、ソフィアに答えた。

 あれから三日後、ソフィアはリリアとベアトリスと共に、テーブルを囲んでいた。テーブルの上には色とりどりの茶菓子が並んでいる。今日のために、料理長が作ってくれたものだ。

 少し離れた場所では、リリアと共にフォルスター侯爵邸にやってきている使用人と、ビアンカ、カリーナ達が茶を楽しんでいる。

 滞在している人の使用人達にも楽しみを、そして女同士の交友をという趣旨で開催した茶会は、ソフィア、ベアトリス、リリアの三人で四阿を、それぞれの同行者と側仕えの者が近くの花壇横をそれぞれ使っている。主人に何かがあれば駆けつけられる位置だからか、使用人達も気を抜いているようだ。

 今日の本来の目的を知っているカリーナだけは、どこか緊張した様子で、ソフィアを気にかけている。そして突然使用人の中に放り込まれて会話についていけないビアンカは、ソフィアに背を向ける位置で、誰とも話さずに自棄のように菓子を次々食べているようだった。


「せっかく当家にお泊まりいただいているのですから、もっとお話したいと思っておりましたの。ギルバート様はお仕事でしばらくお戻りになれないそうでして……もし何かご不便があれば仰ってくださいね」


「おや、侯爵は出ているのかい?」


 ベアトリスが驚いたように言った。


「はい。魔法騎士の方の任務で、しばらく帰宅できないと連絡がありました。披露宴には間に合わせると言っておりますので、ご心配なさらないでくださいね」


 ここでソフィアがするべきは三つ。一つは、ギルバートの不在を知らせることだ。ギルバートを恐れるであろう犯人は、不在だと聞けば気を抜くはず。


「それでは、奥様はお寂しいことでしょう」


 リリアがソフィアと目を合わせないまま言う。視線はティーカップの茜色から動かない。ソフィアは眉を下げて微笑んだ。


「ええ。ですが、それがギルバート様のお役目ですから。……それでも、やはり独り寝は心寂しいものでございますね」


「そ……そう、ですわね」


 そしてもう一つは、ギルバートとの仲がとても良いことをアピールすることだ。ソフィアは赤くなってしまった頬をそっと手で冷ましながら、俯きそうになるのを必死で堪えた。

 恥ずかしかった。本当は今すぐ自室に逃げてシーツの中に隠れてしまいたい。そもそもソフィアは、こうして誰かを罠に嵌めたり、演技をしたりすることに慣れていないのだ。当然、惚気話も慣れていない。


「っはは、仲が良くてなによりじゃないか。本家の夫婦がこれなら、安心だね。改めて侯爵をよろしく頼むよ、可愛らしい奥様」


「ありがとうございます、ベアトリス様……っ」


「それで、こないだの茶会は私は参加できなかったからね。この機会に、奥様とはもっと話がしたかったんだ。小さい頃から侯爵を知っている身としては、二人の話、気になるからね。聞かせてくれるかい?」


「は……はい。勿論でございますわ」


 ソフィアはベアトリスの話に、思い切って乗った。ギルバートとの仲の良さをアピールするには、そうするのが一番だと思ったからだ。口数が少ないままのリリアに構わず、ソフィアはベアトリスと会話を続ける。

 そして丁度ティーカップが空いたところで、ソフィアは茶会に参加していない侯爵家の使用人に声をかける風に身体を捻って──そのまま、ふらりと身体の力を抜いた。


「──奥様!?」


「……え、何。どうしたっていうの」


 ベアトリスとリリアが声を上げる。倒れたときに動いた椅子ががたんと鳴った音を合図に、顔を青くしたカリーナが駆け寄ってきた。


「奥様! 奥様、大丈夫ですか!?」


 もし、本当にソフィアが倒れたなら、カリーナは慌ててソフィアを呼び捨てにするだろうと、どうでも良いことを考える。

 ソフィアは近くに感じる青々とした草の匂いを感じながら、目を閉じていた。

 最後の一つが、適当なところで倒れて、近くの部屋に運ばれて休むことだった。倒れたことで緊急性が出て、自室に戻らないことに違和感がなくなる。そしてソフィアが倒れたとなれば、ソフィア付きの使用人は皆がそちらにかかりきりになる。ここは庭園なので、一番近い休める部屋は大きなソファがある一階の控えの間だ。

 ハンスがソフィアの身体を抱えながら声を上げる。


「申し訳ございません、今日の茶会はこれまでとさせていただきます。──また後日、場を整えさせていただきますので……ご無礼をお許しくださいませ」


 慇懃に伝えるハンスに、当然だが、リリアからもベアトリスからも批判はない。

 倒れたふりをしているソフィアはあっという間に庭園から連れ出され、控えの間のソファに寝かされた。カリーナをはじめ、ソフィア付きの使用人は皆、控えの間についてきている。

 これで、ソフィアの私室は無防備だ。

 カーテンを下ろした控えの間でゆっくりと上体を起こしたソフィアは、顔を両手で覆って溜息を吐いた。

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