令嬢は未来を希う3
ギルバートは改めて演習場の魔法騎士達の中に加わった。半刻も経たずに任務中の者と連絡のつかない者を除いた全員が集まり、点呼が取られる。ギルバートは周囲を見ながら、現状を把握した。国が抱えている魔法騎士の総数は約五十人。内、今ここにいるのは三分の二程度だ。戦争の事後処理と友好関係を示すためにエラトスに行かせている者達や、ここまで大掛かりでない任務に行っている者がいることを考えると、妥当な人数ではある。
「今回は竜種が複数体、属性違いで確認されている。総数は七。ついては、明朝十八名を派遣する」
騎士団長を務める王弟殿下の言葉に、場が騒めいた。ギルバートも声こそ上げないが驚いていた。
群れることがない竜が七体も同時に発生するなど、本来ならばあり得ないのだ。魔法を使える誰かが誘導したか、竜側に何らかの事情が発生したか、だろう。ならば、竜種七体に対して二人ずつであたっても四人が残るという、やや多過ぎる人数にも納得がいく。不測の事態に対応するためだ。
「我こそはと思う者は、挙手を」
すぐに手を上げた者は三人しかいなかった。魔法騎士であり、これまでに魔獣と対面してきたからこそ、皆がこの任務の危険性を理解しているのが分かる。三人は魔法騎士の中でも特に腕に自信があるらしいと言われている者達だ。今は渋っている者も最後には手を挙げることになるのだから、さっさと挙げてしまった方が評価は上がるだろうに、それでも挙げない者が多いのは、無言のまま押し付けあっているからだろう。当然、命の危険がある場──それも相手が竜──など、誰だって行きたくはない。
ギルバートの結婚披露宴が間もなくということは、ここにいる皆が知っている。そしてこれは傲りでもなんでもなく、ギルバートが現場に行くかどうかで任務の難易度が大きく変わる。いつもはこういった危険度の高い任務には積極的に関わるギルバートでも、流石に今回は指名されなければ行かないのではないかと思われているのだろう。そして、魔法騎士団では指名が行われるのは人数が足りなかったときだけだ。つまり、ギルバートが行かないのならば行きたくない、という消極的な参加意思を持つ者が多い、ということだ。
ギルバートの気持ちならば、アーベルに話を聞いたときに決まっている。邸を出たときには、しばらく家を空ける覚悟も済んでいた。出発前に、必ずソフィアに手紙を書こう。
ギルバートは自身に向けられているいくつかの視線を見ないふりをして、静かに右手を挙げる。それを待っていたように、複数の手が次々に挙がり始めた。
◇ ◇ ◇
ソフィアが医師に貰った髪留めが無くなったことを慌てて報告すると、ハンスが眉間に皺を寄せた。
「魔道具の髪留め、でございますか?」
「はい。以前戴いたのですが、魔力に影響するものだということで、私は使えなかったんです」
「それで、抽斗の中に……いつ頃なくなったかは覚えていますか?」
「いいえ。いつもは開けないところに入れたままにしていました。ごめんなさい……その、信頼できる使用人に預けるようにと言われていたのですが」
「それは使用頻度を本人に依存させないためでしょう。でしたら、確かに私どもが預かる必要はありません。お気になさらないでください」
ハンスはそこまで言って、目を伏せた。それから暫し無言で何かを考えるようにして、顔を上げる。その目は側に控えているカリーナに向けられた。
「──カリーナ。衣装部屋の鍵は、あれ以降変わりありませんか?」
「はい。毎回確認していますが、動いていたことはありません」
ハンスが納得したように一度大きく頷く。
「おそらく、同一犯ですね」
その言葉に、ソフィアはびくりと肩を震わせ、ゆっくりと息を吐いた。少し安心したのだ。それならば最近のことだから、まだ使っていないかもしれない。もし使ってしまっていたとしても、ほんの数日だ。副作用のことが問題になることはなさそうだ。
ソフィアはハンスと目が合い、僅かに微笑んだ。それを見たハンスが驚いたように目を瞠り、姿勢を正す。そして、迷いを振り払うように口を開いた。
「奥様。これは私からの提案ですが──罠を張りませんか?」
「罠、ですか?」
ソフィアは突然の提案に首を傾げた。
「はい。あえて無防備に部屋を空け、誰もが侵入できる状態を作ります。今までで特に価値のあるものは盗まれたり破損されたりしてはいないので、きっともう一度奥様の部屋に来ると思います。……魔道具が撮影してくれるので、現場を押さえる必要はないでしょう。本来はこのようなことはしたくありませんが、髪留めが盗まれたままなのは事です」
魔道具に記録させ、後から犯人に返してもらおうというのだ。それならばソフィアとカリーナの身の安全も保障される上、心の準備もできる。心配なのは、実際に対応するハンスと侯爵家の護衛達だけだ。
それでも、そうするしかないことをソフィアは分かっていた。ギルバートの帰宅を待っていては、髪留めの副作用が心配なのだ。
「……分かりました」
ソフィアが眉を下げて頷くと、ハンスが優しげに微笑んでくれた。
「大丈夫ですよ。すぐに片付けて、憂い無く旦那様をお迎えしましょうね」
「そうよ。やられっぱなしじゃ、腹立つし。すっきりさっぱりしちゃいましょ! ね?」
「はい、よろしくお願いします……っ!」
カリーナの言い方があまりにさっぱりとしていて面白く、自然に笑顔になったソフィアは、披露宴を成功させるためにと、しっかりとした意思をもって同意した。