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黒騎士様は拾い上げる3

 ビアンカが落ち着かずにいる内に、侯爵家の使用人が紅茶を持ってきた。どうやらベアトリスが頼んでくれたらしい。ついでに淹れていってくれた紅茶は、ビアンカが自分で淹れたものと比べる気にならない程美味しかった。その紅茶を飲み干すより早く、ベアトリスが部屋に戻ってくる。

 ビアンカはこれから始まるであろう説教を少しでも早く終わらせるため、ポットの中でまだ温かかいままの残りの紅茶をベアトリスの分のカップに注いだ。

 向かい側の椅子に座って紅茶を一口飲んだベアトリスは、ほうとゆっくり息を吐き、口を開いた。


「何事もなかったことにしてください──だとさ」


「何事もって?」


 ビアンカは驚き、目を丸くした。今のソフィアには権力があるのだから、あの場でソフィアを悪く言った者──確かリリアと言ったはずだ──を糾弾することは容易い。そうしてしまえば、今後同様のことをする者もいなくなるだろう。見せしめと言ったら言い方は悪いが、てっきりそうするだろうと思っていた。というよりも、もしビアンカならばそうする。


「言葉の通りだよ。あんたもこの部屋からは出ていない……ってことにしときな。奥様がそう言うんだから、『何もしていない』あんたに私がする説教もないね」


「そんな……」


 てっきり部屋から出たことと、不用意に茶会の会場に闖入したことについて説教されると思っていた。それが、なかったこととして処理されている。いくらビアンカが黙っていたとしても、それで済むことなのだろうか。


「なんだ、気に入らないのかい?」


「当然じゃない。あんなこと言われといて、何事もないなんて嘘。いくらソフィアが優しくたって、あの男が黙っているわけが──……」


 そこまで話して、ビアンカは気付いた。ソフィアはリリアを庇い、同時に恩を売っているのだ。この件をソフィアがギルバートに伝えたら、あのソフィアを溺愛しているらしい男はリリアを追い詰めるだろう。表立って裁けるほどのことではないが、手を回す方法はいくらでもある。それくらい、ビアンカにも分かる。

 リリアがそこまで考えていたのかは分からない。もしかしたら、ただ悪口を言いたかっただけなのかもしれないし、ソフィアがいないところで一族の中に自分の味方を増やしたかったのかもしれない。

 何れにせよソフィアがあの場で被害者として振る舞わなかったことで、リリアはソフィアに弱みを握られたのだと強く認識しただろう。

 ベアトリスは出来が悪い生徒にするように首を左右に振った。


「そうだよ。まったく、あの奥様は随分優しくて、頭の良い子みたいだ。あんたも見習えばいいんじゃないか」


 その言い様に、ビアンカは顔を顰める。


「煩いわよ」


 しかしベアトリスはそんなこと気にも留めずに、紅茶を味わうように目を閉じる。


「でもま、そういうわけだ。──あんたも退屈だろうし、明日は街でも行くか?」


「えっ、良いの?」


 ビアンカの心が浮き立った。せっかく王都に来たのに、部屋に篭りきりだった。これまで毎日葡萄畑にいた反動で、太陽の光が浴びたくなっている。街を歩くくらいならば、きっとビアンカにも不都合なことは起こらないだろう。


「次は二週間後の披露宴まですることはないからねぇ。あんたは荷物持ちだよ」


「またこき使おうっていうんじゃない」


「文句言うなら行かないかい?」


「行くわよっ!」


 にやりと笑ったベアトリスに、ビアンカははっきりと言った。




   ◇ ◇ ◇




「大丈夫かしら……」


 茶会を終えたソフィアは、自室で今日のことを振り返って、顔を青くしていた。

 茶会が始まる前にサロンを出ていったリリアは、終わるまで姿を見せなかった。ソフィアがそうするように言外で告げたことが原因だ。

 始まって少しした頃にクリスティーナが戻ってきて、年配の夫人の相手をしてくれた。先の昼食会でソフィアに歳が近いと紹介された令嬢達は話しやすく、茶会は終始和やかな雰囲気だった。それ自体は成功といえるだろう。

 しかし茶会の席からリリアを切り捨てたことと、ソフィアを庇うような行動をしたビアンカのことは、ソフィアの心の中で落ち着く場所が無いまま彷徨っている。

 そのことを話すと、カリーナは不快そうに眉間に皺を寄せてから、苦笑し肩を落とした。


「もう、相変わらず心配しすぎよ。ジェレ子爵は真面目な方だし、ルグラン伯爵は温厚な方だし。どちらも、悪いようにはしないと思うけど」


 あえて何でもないことのように言うカリーナに、ソフィアも気にすることを止めた。今考えても、どうしようもないことである。


「そうよね……うん。ありがとう、カリーナ」


 ソフィアに彼女達から侮られるような過去があることは否定できない。確かに叔父達は犯罪者だし、両親は殺され身寄りもない。だからこそ、それが弱みだと思われないように強く振る舞わなければならないのだと、覚悟はとうにできていた。それでも、あの場ではっきりと口にされているのを聞いて、傷付いた。その傷に応急処置をしてくれたのは、偶然居合わせたビアンカであった。思いも寄らないことだったが、お陰で無事茶会を乗り切ることができた。

 だから、ソフィアはもう気にしてはいけないのだ。


「元気になったなら良かった。それじゃ、皆帰ったし、休憩したら? 楽な服に着替える?」


 カリーナの提案にソフィアは首を振った。


「ううん。まだ宿泊の方はいらっしゃるし」


 本当はもう着替えて夕食の時間まで部屋に篭ってしまいたい。来客の見送りも済んでいるのだから構わないはずだが、侯爵邸に宿泊している客だけは、このまま披露宴まで滞在することになっている。万一のことを考えると、寛ぎすぎてしまうのは躊躇われた。


「あ、そうか。じゃあ、ひと休みしてお茶でもしましょ。持ってくるから」


 カリーナがそう言って、部屋の扉へと向かう。その背中に、ソフィアは慌てて声をかけた。


「カリーナも、一緒にお茶してくれる?」


「勿論! 少しだけ待っててね」


 からりとした笑顔を残して、カリーナは部屋を出ていった。

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