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令嬢は黒騎士様に隠したい8

「誰よ、あなた」


 リリアは不機嫌を隠さずに、その闖入者を睨んだ。

 ソフィアは予想もしなかった展開に扉の影で目を見開く。何故今、ビアンカがここにいるのだ。茶会に参加するのは招待客だけ。サロンに立ち入れる者も、それぞれにつき侍女が一人ずつと決まっている。

 しかしベアトリスはビアンカを侍女ではないと言っていたし、茶会に参加させるつもりはないとも言っていた。それなのにサロンに立ち入るなど、通常はあり得ない。今のビアンカは、間違いなく誰からも招かれざる存在だろう。服装だけなら侍女のようにも見えるが、だからといってビアンカに侍女の振舞いができるとは思えない。それならば、このサロンに立ち入るべきではないのだ。


「だ、誰だって良いでしょう!? そんなことより、さっきの、ど、どういう意味かって聞いてるのよ。……ソフィアのことなら、撤回して」


 ビアンカの声はところどころひっくり返っている。それでも、最後の言葉だけははっきりと口にした。

 ソフィアはすっかり冷えきった身体が、足先から体温を取り戻していくような気がした。ギルバートがいなければ、クリスティーナがいなければ、カリーナがいなければ、自分以外は誰もが敵だとどこかで思っていたのかもしれない。たった今、そうではないと教えてくれたのはビアンカだった。

 分かり合いたいと口にしながらも、どこかで諦めていた。ビアンカにとって、両親が断罪されたのはソフィアのせいだ。それでもやはり、血が繋がった家族──ビアンカはそうは思っていないかもしれないが──への思いは断ち切れなかった。


「……あなた、どこかの侍女じゃないの? 主人に伺いも立てずに私にそんな口きいて、良いのかしら」


「侍女じゃないわよっ」


 ビアンカが顔を真っ赤にしている。リリアが側にあるテーブルの端を、扇で何度も叩いた。


「じゃあ何?」


 ソフィアはまずいと思った。ソフィアの身に起こった出来事である、レーニシュ男爵家の事件。その顛末は、この場所にいる者皆が知っている。ビアンカがもし名乗ってしまえば、彼女こそがソフィアの従妹だと知れるだろう。

 ベアトリスはまだこの邸に宿泊するのだ。居心地を悪くさせるわけにはいかない。自分自身にそう言い訳をしながら、ソフィアはぎゅっと拳を握り締めた。


「──……それは」


「本家の使用人の服じゃないし……『奥様』を庇ってくれるような御身内は、いらっしゃらないはずだけれど」


「──……」


 リリアは嫌な責め方をする。

 しかしビアンカはこれまで、ソフィアをいつも罵り、嘲っていた。リリアのこの程度の口撃に負けるような人間ではないことは、ソフィアが一番よく知っている。それなのに、何故言い返さないのか。いや──言い返せないのだ。それほどに、変わってしまったことは大きかった。


「あら、それともあなた……もしかして、犯罪者の娘さん?」


 ビアンカの今にも泣きそうに歪んだ顔なんて、見たくなかった。

 ソフィアは持てる勇気の全てを振り絞って、扉を思い切り開けた。

 なんでもないことのような顔を、意識して作った。ソフィアの心の中の孤独にも、傷にも、不謹慎にも抱いた小さな喜びにも。今だけは、誰も気付かないでいてほしい。


「──何事でございますか」


 瞬間、サロンが凍りつく。それまで自分は関係ないとばかりにお喋りに興じていた者達も、リリアを止めることはせず遠巻きに見ていた者達も、ぴたりと動きを止めた。


「奥様……っ」


 悲痛な声は誰のものだろう。同情してくれるのはありがたいけれど、頑張って作った表情を崩したくはない。ソフィアはあえてその声を無視したまま、サロンをゆっくりと見渡した。ぴたり、とリリアに視線を定め、何度も何度も家庭教師に教わった笑顔を浮かべる。笑っているのに、笑っていない、誰かを追い詰める笑顔だ。

 こんな笑顔を身につけ、使う日がくるとは、レーニシュ男爵家にいた頃には思いもしなかった。ビアンカが蒼白になってしまった顔を更に引き攣らせ、こちらを見ている。しかしソフィアはビアンカの方を見なかった。侯爵夫人として、見てはいけないと分かっていた。

 客の前なのだ。悠然と微笑まなければ。


「お待たせしてしまいましたね。どうぞ、お席にお座りになって。まもなく当家の使用人が参りますから」


「……っ」


 ソフィアの姿を見て、リリアが唇を引き結んだ。ソフィアは気遣わしげな素振りで、一歩、サロンに踏み込む。


「リリア様、どうかなさいました? ご気分でも優れませんか」


 リリアが逃げるように目を伏せた。


「え、ええ……少々外させていただきますわ」


 気分が悪いにしてはあまりに早い足取りで、リリアはサロンを出ていった。ソフィアは次の瞬間、今だと示すようにビアンカに視線を投げる。びくり、と肩を震わせたビアンカが、駆け足でサロンから逃げていった。


「──……皆様、改めまして、本日はお茶の時間をご一緒できて光栄です」


 すぐにフォルスター侯爵家の使用人達がやってきて、茶会の支度が整う。客達はそれぞれの席に着き、何事もなかったかのように穏やかに談笑をし始めた。

 いや、何事もなかったこととして、ソフィアが処理したのだ。

 ソフィアは初めて、自身の判断で誰かを切り捨てた。それを正しいと判断しての行為だったが、ソフィアは、ギルバートには知られたくない、と思った。隠したいと明確に思った。皆が触られることに恐怖する気持ちを、初めて理解する。

 それは無邪気であった頃への別れのようでもあった。


「ありがとう、奥様。……あの子には、後で私からきつく言い聞かせておくからね」


 茶会の終わり、会議を終えたベアトリスが近くにやってきて、ソフィアにそっと耳打ちをした。

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