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令嬢は黒騎士様の役に立ちたい5

 そっと繋いだ手は二人の間、ソファーの座面に自然に置かれている。これが今のソフィアとギルバートの距離だ。


「呆れていらっしゃいませんか? ──私、余計なことを聞いてしまいました……」


「いや、ここで働くのなら必要な知識だろう。分かっていて仕事を与えたのは私だ」


 ソフィアを安心させようとしているのか、ギルバートの声はいつもよりどこか柔らかな音をしていた。その優しさが今のソフィアには痛い。受け取ることに慣れていない優しさは、心を守る余裕を与えてはくれなかった。


「──私がソフィアに触れるのは、それが心地良いからだ」


 その一言でソフィアは顔を上げた。疑問の答えになっているようで何も分からないままだが、ギルバートらしくないとも思う。まだあまり知らないけれど、それでもこれまでにギルバートが口にした言葉は、どれもソフィアの為のものだった。


「それは……」


 どのような意味ですか、と続けようとした唇に、人差し指を立てたギルバートの右手が一瞬触れる。何も言うなということだろうか。突然の感触に戸惑い顔を真っ赤にしながらも、ソフィアは俯かなかった。ギルバートの瞳に浮かぶ真剣な色から、今だけは逃げたくなかった。


「私は意思とは関係なく、魔力の揺らぎを読んでいる。──初めてだった。触れて、何も見えなかったのは」


 ソフィアは目を見張った。ギルバートの瞳には、真剣な色の奥に確かな熱が潜んでいる。


「ソフィアにとっては迷惑なことかもしれないが、私は、お前に触れている時間が大切だ」


「ギルバート様──」


 ギルバートはポケットから小さな鍵を取り出し、ソフィアに手渡した。数字の書かれたタグと鍵が手のひらの上でぶつかり、ちゃりんと小さく鳴る。


「ソフィアの部屋の鍵だ。三階の階段横にある。荷物は運んだが足りないものがあれば言ってくれ。三階に使用人用の大浴場があるが……この部屋の風呂を使って構わない」


 ソフィアは驚きに肩を揺らした。


「あの、私も大浴場で……」


「大浴場のシャワーも乾燥機も、全て魔道具だ」


 ソフィアは目を見張った。思わず繋いでいる手から力が抜ける。ソフィアの感情をそのまま表しているような手は、逃さないとばかりにギルバートによって引き寄せられた。確かに繋がれている感触と手から伝わる熱が、ソフィアの心を乱暴に揺さぶる。


「──ギルバート様の優しさは……怖いです」


 目を伏せたソフィアが思い出すのは、両親とアルベルトの優しさだ。もう失ってしまった両親と、離れていったかつての婚約者。優しくされて、心を移していくことが怖かった。ギルバートの優しさは、両親のそれより甘く、アルベルトよりも穏やかだとソフィアは思う。禁断の果実のように、食べずにはいられないそれが怖かった。


「何故泣きそうな顔をする? ──言わねば分からない」


 ソフィアは困ったように眉を下げたギルバートを見て、以前にも聞いた言葉の意味を正しく理解した。言わねば分からないというのは、本当にその通りの意味だったのか。


「いえ……ありがとうございます、ギルバート様」


 くしゃりと顔を歪めて笑顔を作ったソフィアは、ちゃんと笑えているか不安だった。ギルバートはどこか寂しげに見える表情でソフィアから手を離し、頭をぽんぽんとあやすように優しく撫でてくる。


「──先に風呂に入っていけ。浴槽の湯は使ったら抜けばいい」


 ぶっきらぼうに聞こえる言葉も、そこに温もりがあると知ってしまえば、優しい色に変わる。ソフィアは立ち上がって離れていくギルバートとの距離を寂しく思った。





 三階は使用人の生活スペースと、一部の部屋が倉庫として使われている。ギルバートに言われた部屋は、階段を上ってすぐのところにあった。鍵に書かれた番号と同じことを確認し、ソフィアは鍵を開けて扉を開ける。そのまま廊下の明かりが室内を照らすのを頼りに、目に入った卓上のランプに触れた。すぐ横に、マッチの箱がある。ソフィアは、慣れた手つきでそれを擦って明かりを灯した。

 薄明るくなった部屋に安心し、扉を閉めて内鍵を掛ける。続けて壁の明かりにも火をつければ、ソフィアの部屋は充分に明るくなった。


「──こんなの、ずるいわ……」


 ソフィアは呆然と室内を見回した。窓を覆うカーテン、クローゼット、窓際に置かれた机と、部屋の中心に置かれたティーテーブル。寝台は大きくはないが柔らかそうだ。シンプルなそれらは、おそらく使用人の部屋に備え付けているものだろう。その充分な調度にも驚いたが、ソフィアが目を留めたのは、先程自らが灯した明かりだった。青い花をモチーフにした可愛らしい壁の明かりと、揃いのデザインの机とティーテーブルの上のランプ。それぞれの側にはマッチが置かれている。それらは、飾り気のない部屋にも違和感無く馴染んでいた。ソフィアの為にだけ用意されたそれらに心が緩む。


 ティーテーブルに歩み寄り、その表面を指先で撫でた。何気なくランプに目を向けると、そのすぐ横に、白いカードが置かれている。伏せられているそれを手に取り、表に返す。そこに綴られた短い言葉に、ソフィアは頬を染めた。



 ──貴女が笑えるように G.F



「……ギルバート、様」


 ギルバートはいつカードをここに置いたのだろう。一度は冷めたはずの熱が、心に灯る。一雫だけ涙を零し、ソフィアはそのカードをそっと両手で胸元に引き寄せた。

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